わたくしもそっちをすかして見てよろよろして眼をこすりました。そこには何の木か七八本の木がじぶんのからだからひとりで光でも出すように青くかがやいて、そこらの空もぼんやり明るくなっているのでした。
「ファゼーロかい。」いきなり向うから声がしました。
「ああ、来たよ。やっているかい。」
「やってるよ。とてもにぎやかなんだ。山猫博士も来ているようだぜ。」
「山猫博士?」ファゼーロはぎくっとしたようでした。
「けれどもいっしょに行こう。ポラーノの広場は誰だって見附けた人は行っていいんだから。」
「よし行こう。」ファゼーロははっきり云いました。
わたくしどもはそのあかりをめあてにあるいて行きました。
ミーロもファゼーロも何か大へん心配なようでした。さっぱり物も云わなくなってしまったのです。そうなるとこんどはわたくしが元気がついて来ました。一体昔ばなしの通りのことが本当にあるのだろうか、それとも何かほかのことだろうか、山猫博士がここへ来て何をしているのだろうか。もうどうしても行って見たくてたまらなくなりました。殊にその日はわたくしはまだ俸給の残りを半分以上もっていましたし、もしお金を払わなければならないとしてもファゼーロとミーロにご馳走するぐらい大丈夫だと考えたのです。
「いいよ、こんどはね、わたしについて来るんだよ。山猫博士なんか少しもこわいことはないんだから。」
わたくしはもうまっさきに立ってどんどん急ぎました。甲虫の翅の音はいよいよ高くなり青い木はその一つ一つの枝まではっきり見えて来ました。木の下では白いシャツや黒い影やみんながちらちら行ったり来たりしています。誰かの片手をあげて何か云っているのも見えました。
いよいよ近くなってわたくしは、これこそはもうほんもののポラーノの広場だと思ってしまいました。さっきの青いのは可成《かなり》大きなはんの木でしたが、その梢からはたくさんのモールが張られてその葉まできらきらひかりながらゆれていました。その上にはいろいろな蝶や蛾が列になってぐるぐるぐるぐる輪をかいていたのです。
うつくしい夏のそらには銀河がいまわたくしどもの来た方からだんだんそっちへまわりかけて、南のまっくろな地平線の上のあたりではぼんやり白く爆発したようになっていました。つめくさのかおりやら何かさまざまの果物のかおり、みんなの笑い声、そのうちにとうとうみんなは組
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