た。それはさっきのやどりぎでした。いかにもタネリをばかにしたように、上できらきらひかっています。タネリは工合のわるいのをごまかして、
「栗の木、起きろ。」と云いながら、うちの方へあるきだしました。日はもう、よっぽど西にかたよって、丘には陰影《かげ》もできました。かたくりの花はゆらゆらと燃え、その葉の上には、いろいろな黒いもようが、次から次と、出てきては消え、でてきては消えしています。タネリは低く読みました。
「太陽《てんとう》は、
丘の髪毛《かみけ》の向うのほうへ、
かくれて行ってまたのぼる。
そしてかくれてまたのぼる。」
タネリは、つかれ切って、まっすぐにじぶんのうちへもどって来ました。
「白樺《しらかば》の皮、剥《は》がして来たか。」タネリがうちに着いたとき、タネリのお母《っか》さんが、小屋の前で、こならの実を搗《つ》きながら云いました。
「うんにゃ。」タネリは、首をちぢめて答えました。
「藤蔓みんな噛じって来たか。」
「うんにゃ、どこかへ無くしてしまったよ。」タネリがぼんやり答えました。
「仕事に藤蔓噛みに行って、無くしてくるものあるんだか。今年はおいら、おまえのきものは、一つも編んでやらないぞ。」お母《っか》さんが少し怒って云いました。
「うん。けれどもおいら、一日噛んでいたようだったよ。」
タネリが、ぼんやりまた云いました。
「そうか。そんだらいい。」お母《っか》さんは、タネリの顔付きを見て、安心したように、またこならの実を搗きはじめました。
底本:「ポラーノの広場」新潮文庫、新潮社
1995(平成7)年2月1日発行
底本の親本:「新修宮沢賢治全集」筑摩書房
入力:久保格
校正:鈴木厚司
2003年8月3日作成
青空文庫作成ファイル:
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