ろう。)といっています。タネリは、俄《にわ》かにこわくなって、いちもくさんに遁《に》げ出しました。
しばらく走って、やっと気がついてとまってみると、すぐ目の前に、四本の栗《くり》が立っていて、その一本の梢《こずえ》には、黄金《きん》いろをした、やどり木の立派なまりがついていました。タネリは、やどり木に何か云おうとしましたが、あんまり走って、胸がどかどかふいごのようで、どうしてもものが云えませんでした。早く息をみんな吐いてしまおうと思って、青ぞらへ高く、ほうと叫んでも、まだなおりませんでした。藤蔓を一つまみ噛んでみても、まだなおりませんでした。そこでこんどはふっと吐き出してみましたら、ようやく叫べるようになりました。
「栗の木 死んだ、何して死んだ、
子どもにあたまを食われて死んだ。」
すると上の方で、やどりぎが、ちらっと笑ったようでした。タネリは、面白《おもしろ》がって節をつけてまた叫びました。
「栗の木食って 栗の木死んで
かけすが食って 子どもが死んで
夜鷹《よだか》が食って かけすが死んで
鷹は高くへ飛んでった。」
やどりぎが、上でべそをかいたようなので、タネリは高く笑いました。けれども、その笑い声が、潰《つぶ》れたように丘へひびいて、それから遠くへ消えたとき、タネリは、しょんぼりしてしまいました。そしてさびしそうに、また藤の蔓を一つまみとって、にちゃにちゃと噛みはじめました。
その時、向うの丘の上を、一|疋《ぴき》の大きな白い鳥が、日を遮《さえ》ぎって飛びたちました。はねのうらは桃いろにぎらぎらひかり、まるで鳥の王さまとでもいうふう、タネリの胸は、まるで、酒でいっぱいのようになりました。タネリは、いま噛んだばかりの藤蔓を、勢よく草に吐いて高く叫びました。
「おまえは鴇《とき》という鳥かい。」
鳥は、あたりまえさというように、ゆっくり丘の向うへ飛んで、まもなく見えなくなりました。タネリは、まっしぐらに丘をかけのぼって、見えなくなった鳥を追いかけました。丘の頂上に来て見ますと、鳥は、下の小さな谷間の、枯れた蘆《あし》のなかへ、いま飛び込《こ》むところです。タネリは、北風カスケより速く、丘を馳《か》け下りて、その黄いろな蘆むらのまわりを、ぐるぐるまわりながら叫びました。
「おおい、鴇、
おいらはひとりなんだから、
おまえはおいらと遊んでおく
前へ
次へ
全6ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮沢 賢治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング