タネリの小屋が、兎《うさぎ》ぐらいに見えるころ、タネリはやっと走るのをやめて、ふざけたように、口を大きくあきながら、頭をがたがたふりました。それから思い出したように、あの藤蔓を、また五六ぺんにちゃにちゃ噛みました。その足もとに、去年の枯れた萱《かや》の穂《ほ》が、三本|倒《たお》れて、白くひかって居りました。タネリは、もがもが[#「もがもが」に傍点]つぶやきました。
「こいつらが
 ざわざわざわざわ云ったのは、
 ちょうど昨日のことだった。
 何《なに》して昨日のことだった?
 雪を勘定《かんじょう》しなければ、
 ちょうど昨日のことだった。」
 ほんとうに、その雪は、まだあちこちのわずかな窪《くぼ》みや、向うの丘の四本《しほん》の柏《かしわ》の木の下で、まだらになって残っています。タネリは、大きく息をつきながら、まばゆい頭のうえを見ました。そこには、小さなすきとおる渦巻《うずま》きのようなものが、ついついと、のぼったりおりたりしているのでした。タネリは、また口のなかで、きゅうくつそうに云いました。
「雪のかわりに、これから雨が降るもんだから、
 そうら、あんなに、雨の卵ができている。」
 そのなめらかな青ぞらには、まだ何か、ちらちらちらちら、網《あみ》になったり紋《もん》になったり、ゆれてるものがありました。タネリは、柔《やわ》らかに噛んだ藤蔓を、いきなりぷっと吐《は》いてしまって、こんどは力いっぱい叫《さけ》びました。
「ほう、太陽《てんとう》の、きものをそらで編んでるぞ
 いや、太陽《てんとう》の、きものを編んでいるだけでない。
 そんなら西のゴスケ風だか?
 いいや、西風ゴスケでない
 そんならホースケ、蜂《すがる》だか?
 うんにゃ、ホースケ、蜂《すがる》でない
 そんなら、トースケ、ひばりだか?
 うんにゃ、トースケ、ひばりでない。」
 タネリは、わからなくなってしまいました。そこで仕方なく、首をまげたまま、また藤蔓を一つまみとって、にちゃにちゃ噛みはじめながら、かれ草をあるいて行きました。向うにはさっきの、四本の柏が立っていてつめたい風が吹《ふ》きますと、去年の赤い枯れた葉は、一度にざらざら鳴りました。タネリはおもわず、やっと柔らかになりかけた藤蔓を、そこらへふっと吐いてしまって、その西風のゴスケといっしょに、大きな声で云いました。
「おい、柏の木
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