延ばして、よくよく見てから云ひました。
『さうぢやない、あれはやまなしだ、流れて行くぞ、ついて行つて見よう、あゝいゝ匂《にほ》ひだな』
 なるほど、そこらの月あかりの水の中は、やまなしのいい匂ひでいつぱいでした。
 三|疋《びき》はぽかぽか流れて行くやまなしのあとを追ひました。
 その横あるきと、底の黒い三つの影法師が、合せて六つ踊るやうにして、山なしの円い影を追ひました。
 間もなく水はサラサラ鳴り、天井の波はいよいよ青い焔《ほのほ》をあげ、やまなしは横になつて木の枝にひつかかつてとまり、その上には月光の虹《にじ》がもかもか集まりました。
『どうだ、やつぱりやまなしだよ、よく熟してゐる、いい匂ひだらう。』
『おいしさうだね、お父さん』
『待て待て、もう二日ばかり待つとね、こいつは下へ沈んで来る、それからひとりでにおいしいお酒ができるから、さあ、もう帰つて寝よう、おいで』
 親子の蟹《かに》は三疋自分等の穴に帰つて行きます。
 波はいよいよ青じろい焔をゆらゆらとあげました、それは又金剛石の粉をはいてゐるやうでした。

[#図形 □(四角)に内接する◆]

 私の幻燈はこれでおしまひであ
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