す。
蟹の子供らは、あんまり月が明るく水がきれいなので睡《ねむ》らないで外に出て、しばらくだまって泡をはいて天上の方を見ていました。
『やっぱり僕《ぼく》の泡は大きいね。』
『兄さん、わざと大きく吐いてるんだい。僕だってわざとならもっと大きく吐けるよ。』
『吐いてごらん。おや、たったそれきりだろう。いいかい、兄さんが吐くから見ておいで。そら、ね、大きいだろう。』
『大きかないや、おんなじだい。』
『近くだから自分のが大きく見えるんだよ。そんなら一緒に吐いてみよう。いいかい、そら。』
『やっぱり僕の方大きいよ。』
『本当かい。じゃ、も一つはくよ。』
『だめだい、そんなにのびあがっては。』
またお父さんの蟹が出て来ました。
『もうねろねろ。遅《おそ》いぞ、あしたイサドへ連れて行かんぞ。』
『お父さん、僕たちの泡どっち大きいの』
『それは兄さんの方だろう』
『そうじゃないよ、僕の方大きいんだよ』弟の蟹は泣きそうになりました。
そのとき、トブン。
黒い円い大きなものが、天井から落ちてずうっとしずんで又上へのぼって行きました。キラキラッと黄金《きん》のぶちがひかりました。
『かわせみだ』子供らの蟹は頸《くび》をすくめて云いました。
お父さんの蟹は、遠めがねのような両方の眼をあらん限り延ばして、よくよく見てから云いました。
『そうじゃない、あれはやまなしだ、流れて行くぞ、ついて行って見よう、ああいい匂《にお》いだな』
なるほど、そこらの月あかりの水の中は、やまなしのいい匂いでいっぱいでした。
三疋はぼかぼか流れて行くやまなしのあとを追いました。
その横あるきと、底の黒い三つの影法師《かげぼうし》が、合せて六つ踊《おど》るようにして、やまなしの円い影を追いました。
間もなく水はサラサラ鳴り、天井の波はいよいよ青い焔《ほのお》をあげ、やまなしは横になって木の枝《えだ》にひっかかってとまり、その上には月光の虹《にじ》がもかもか集まりました。
『どうだ、やっぱりやまなしだよ、よく熟している、いい匂いだろう。』
『おいしそうだね、お父さん』
『待て待て、もう二日ばかり待つとね、こいつは下へ沈《しず》んで来る、それからひとりでにおいしいお酒ができるから、さあ、もう帰って寝《ね》よう、おいで』
親子の蟹は三疋自分|等《ら》の穴に帰って行きます。
波はいよいよ青じろい焔をゆらゆらとあげました、それは又|金剛石《こんごうせき》の粉をはいているようでした。
*
私の幻燈はこれでおしまいであります。
底本:「新編風の又三郎」新潮文庫、新潮社
1989(平成元)年2月25日発行
1989(平成元)年6月10日2刷
初出:「岩手毎日新聞」岩手毎日新聞社
1923年(大正12年)4月8日
入力:蒋龍
校正:noriko saito
2008年4月15日作成
青空文庫作成ファイル:
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