て習字《しゅうじ》手本や読方の本と一緒に買って来た鉛筆でした。いくらみじかくなったってまだまだ使《つか》えたのです。使えないからってそれでも面白《おもしろ》いいい鉛筆なのです。
キッコは樺《かば》の林の間を行きました。樺はみな小さな青い葉《は》を出しすきとおった雨の雫《しずく》が垂《た》れいい匂《におい》がそこらいっぱいでした。おひさまがその葉をすかして古めかしい金いろにしたのです。
それを見ているうちに、
(木ペン樺《かば》の木に沢山《うんと》あるじゃ)キッコはふっとこう思いました。けれども樺の木の小さな枝《えだ》には鉛筆ぐらいの太さのはいくらでもありますけれども決《けっ》して黒い心がはいってはいないのです。キッコはまた泣《な》きたくなりました。
そのときキッコは向《むこ》うから灰《はい》いろのひだのたくさんあるぼろぼろの着物《きもの》を着た一人のおじいさんが大へん考え込《こ》んでこっちへ来るのを見ました。(あのおじいさんはきっと鼠捕《ねずみと》りだな。)キッコは考えました。おじいさんは変《へん》な黒《くろ》い沓《くつ》をはいていました。そしてキッコと行きちがうときいきなり顔をあげてキッコを見てわらいました。「今日学校で泣《な》いたな。目のまわりが狸《たぬき》のようになっているぞ。」すると頭の上で鳥がピーとなきました。キッコは顔を赤くして立ちどまりました。
「何を泣いたんだ。正直に話してごらん。聞いてあげるから。」
鳥がまた頭の上でピーとなきました。するとおじいさんは顔をしかめて上を向《む》いて「おまえじゃないよ、やかましい、だまっておいで」とどなりました。
すると鳥はにわかにしいんとなってそれから飛《と》んで行ったらしくぼろんという羽の音も聞え樺《かば》の木からは雫《しずく》がきらきら光って降《ふ》りました。「いってごらん。なぜ泣いたの。」
おじいさんはやさしく云《い》いました。「木ペン失《な》ぐした。」キッコは両手《りょうて》を目にあててまたしくしく泣きました。「木ペン、なくした。そうか。そいつはかあいそうだ。まあ泣くな、見ろ手がまっ赤《か》じゃないか。」
おじいさんはごそごその着物《きもの》のたもとを裏返《うらがえ》しにしてぼろぼろの手帳《てちょう》を出してそれにはさんだみじかい鉛筆《えんぴつ》を出してキッコの手に持《も》たせました。キッコはまだ涙《なみだ》をぼろぼろこぼしながら見ましたらその鉛筆は灰色《はいいろ》でごそごそしておまけに心の色も黒でなくていかにも変《へん》な鉛筆《えんぴつ》でした。キッコはそこでやっぱりしくしく泣いていました。「ははああんまり面白《おもしろ》くもないのかな。まあ仕方《しかた》ない、わしは外に持《も》っていないからな。」おじいさんはすっと行ってしまいました。
風が来て樺の木はチラチラ光りました。ふりかえって見ましたらおじいさんはもう林の向《むこ》うにまがってしまったのか見えませんでした。キッコはその枝《えだ》きれみたいな変な鉛筆を持ってだまってかくしに入れてうちの方へ歩き出しました。

     三

次《つぎ》の日学校の一時間目は算術《さんじゅつ》でした。キッコはふとああ木ペンを持っていないなと思いました。それからそうだ昨日《きのう》の変な木ペンがある。あれを使《つか》おう一時間ぐらいならもつだろうからと考えつきました。
そこでキッコはその鉛筆を出して先生の黒板《こくばん》に書いた問題《もんだい》をごそごその藁紙《わらがみ》の運算帳《うんざんちょう》に書き取《と》りました。
[#ここから横組み]48×62=[#ここで横組み終わり] 「みなさん一けた目のからさきにかけて。」と先生が云《い》いました。「一けた目からだ。」とキッコが思ったときでした。不思議《ふしぎ》なことは鉛筆がまるでひとりでうごいて[#ここから横組み]96[#ここで横組み終わり]と書いてしまいました。キッコは自分の手首だか何だかもわからないような気がして呆《あき》れてしばらくぼんやり見ていました。「一けた目がすんだらこんどは二けた目を勘定《かんじょう》して。」と先生が云《い》いました。するとまた鉛筆がうごき出してするするっと[#ここから横組み]288[#ここで横組み終わり]と二けた目までのとこへ書いてしまいました。キッコはもうあんまりびっくりして顔を赤くして堅《かた》くなってだまっていましたら先生がまた「さあできたら寄《よ》せ算をして下さい。」と云いました。またはじまるなと思っていましたらやっぱり、もうただ一いきに一本の線もひっぱって[#ここから横組み]2976[#ここで横組み終わり]と書いてしまいました。
さあもうキッコのよろこんだことそれからびっくりしたこと、何と云っていいかわからないでただもうお湯《ゆ》へ入ったときのよ
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