いやつでそれに牛若丸《うしわかまる》のようにうしろの机の上にはねあがってしまいましたからキッコは手がとどきませんでした。「ほ、この木ペン、この木ペン。」慶助はいかにもおかしそうに顔をまっかにして笑って自分の眼《め》の前でうごかしていました。「よごせ慶助わあい。」キッコは一生けん命のびあがって慶助の手をおろそうとしましたが慶助はそれをはなして一つうしろの机《つくえ》ににげてしまいました。そして「いがキッコこの木ペン耳さ入るじゃぃ。」と云《い》いながらほんとうにキッコの鉛筆を耳に入れてしまったようでした。キッコは泣いて追《お》いかけましたけれども慶助はもうひらっと廊下《ろうか》へ出てそれからどこかへかくれてしまいました。キッコはすっかり気持《きもち》をわるくしてだまって窓《まど》へ行って顔を出して雨だれを見ていました。そのうち授業《じゅぎょう》のかねがなって慶助は教室に帰って来遠くからキッコをちらっとみましたが、またどこかであばれて来たとみえて鉛筆のことなどは忘《わす》れてしまったという風に顔をまっかにしてふうふう息《いき》をついていました。
「わあい、慶助、木ペン返せじゃ。」キッコは叫《さけ》びました。「知らなぃじゃ、うなの机さ投《な》げてたじゃ。」慶助は云いました。キッコはかがんで机のまわりをさがしましたがありませんでした。そのうちに先生が入って来ました。
「三郎《さぶろう》、この時間うな木ペン使《つか》ってがら、おれさ貸《か》せな。」キッコがとなりの三郎に云いました。
「うん、」三郎が机の蓋《ふた》をあけて本や練習帖《れんしゅうちょう》を出しながら上《うわ》のそらで答えました。

     二

課業《かぎょう》がすんでキッコがうちへ帰るときは雨はすっかり晴れていました。
あちこちの木がみなきれいに光り山は群青《ぐんじょう》でまぶしい泣《な》き笑《わら》いのように見えたのでした。けれどもキッコは大へんに心もちがふさいでいました。慶助《けいすけ》はあんまりいばっているしひどい。それに鉛筆《えんぴつ》も授業《じゅぎょう》がすんでからいくらさがしてももう見えなかったのです。どの机《つくえ》の足もとにもあのみじかい鼠《ねずみ》いろのゴムのついた鉛筆はころがっていませんでした。新学期《しんがっき》からずうっと使《つか》っていた鉛筆です。おじいさんと一緒《いっしょ》に町へ行っ
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