方ない。よかろう。何もかもみな慈善《じぜん》のためじゃ。承知した。証文を書きなさい。」
さあ大変だあたし字なんか書けないわとひなげしどもがみんな一諸《いっしょ》に思ったとき悪魔のお医者はもう持って来た鞄《かばん》から印刷にした証書を沢山出しました。そして笑って云いました。
「ではそのわしがこの紙をひとつぱらぱらめくるからみんないっしょにこう云いなさい。
[#ここから2字下げ]
亜片はみんな差しあげ候《そうろう》と、」
[#ここで字下げ終わり]
まあよかったとひなげしどもはみんないちどにざわつきました。お医者は立って云いました。
「では」ぱらぱらぱらぱら、
「亜片はみんな差しあげ候。」
「よろしい。早速薬をあげる。一服、二服、三服とな。まずわたしがここで第一服の呪文《じゅもん》をうたう。するとここらの空気にな。きらきら赤い波がたつ。それをみんなで呑《の》むんだな。」
悪魔のお医者はとてもふしぎないい声でおかしな歌をやりました。
「まひるの草木と石土を 照らさんことを怠《おこた》りし 赤きひかりは集《つど》い来てなすすべしらに漂《ただよ》えよ。」
するとほんとうにそこらのもう浅黄《あさぎ》いろになった空気のなかに見えるか見えないような赤い光がかすかな波になってゆれました。ひなげしどもはじぶんこそいちばん美しくなろうと一生けん命その風を吸いました。
悪魔のお医者はきっと立ってこれを見渡《みわた》していましたがその光が消えてしまうとまた云いました。
「では第二服 まひるの草木と石土を 照らさんことを怠りし 黄なるひかりは集い来てなすすべしらに漂えよ」
空気へうすい蜜《みつ》のような色がちらちら波になりました。ひなげしはまた一生けん命です。
「では第三服」とお医者が云おうとしたときでした。
「おおい、お医者や、あんまり変な声を出してくれるなよ。ここは、セントジョバンニ様のお庭だからな。」ひのきが高く叫びました。
その時風がザァッとやって来ました。ひのきが高く叫びました。
「こうらにせ医者。まてっ。」
すると医者はたいへんあわてて、まるでのろしのように急に立ちあがって、滅法界《めっぽうかい》もなく大きく黒くなって、途方《とほう》もない方へ飛んで行ってしまいました。その足さきはまるで釘抜《くぎぬ》きのように尖《とが》り黒い診察鞄《しんさつかばん》もけむりのように消
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