黄のだんだらの蜂《はち》めまでみなまっさきにあっちへ行くわ。」
向うの葵《あおい》の花壇《かだん》から悪魔《あくま》が小さな蛙《かえる》にばけて、ベートーベンの着たような青いフロックコートを羽織りそれに新月よりもけだかいばら娘《むすめ》に仕立てた自分の弟子《でし》の手を引いて、大変あわてた風をしてやって来たのです。
「や、道をまちがえたかな。それとも地図が違《ちが》ってるか。失敗。失敗。はて、一寸《ちょっと》聞いて見よう。もしもし、美容術のうちはどっちでしたかね。」
ひなげしはあんまり立派なばらの娘を見、又《また》美容術と聞いたので、みんなドキッとしましたが、誰《たれ》もはずかしがって返事をしませんでした。悪魔の蛙がばらの娘に云いました。
「ははあ、この辺のひなげしどもはみんなつんぼか何かだな。それに全然無学だな。」
娘にばけた悪魔の弟子はお口をちょっと三角にしていかにもすなおにうなずきました。
女王《スター》のテクラが、もう非常な勇気で云いました。
「何かご用でいらっしゃいますか。」
「あ、これは。ええ、一寸《ちょっと》おたずねいたしますが、美容院はどちらでしょうか。」
「さあ、あいにくとそういうところ存じませんでございます。一体それがこの近所にでもございましょうか。」
「それはもちろん。現に私のこのむすめなど、前は尖《とが》ったおかしなもんでずいぶん心配しましたがかれこれ三度助手のお方に来ていただいてすっかり術をほどこしましてとにかく今はあなた方ともご交際なぞ願えばねがえるようなわけ、あす紐育《ニューヨーク》に連れてでますのでちょっとお礼に出ましたので。では。」
「あ、一寸。一寸お待ち下さいませ。その美容術の先生はどこへでもご出張なさいますかしら。」
「しましょうな」
「それでは誠《まこと》になんですがお序《つい》での節、こちらへもお廻《まわ》りねがえませんでしょうか。」
「そう。しかし私はその先生の書生というでもありません。けれども、しかしとにかくそう云いましょう。おい。行こう。さよなら。」
悪魔は娘の手をひいて、向うのどてのかげまで行くと片眼《かため》をつぶって云いました。
「お前はこれで帰ってよし。そしてキャベジと鮒《ふな》とをな灰で煮込《にこ》んでおいてくれ。ではおれは今度は医者だから。」といいながらすっかり小さな白い鬚《ひげ》の医者にばけまし
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