で一郎を見ながら又言ひました。
「それがらみんなしておりゃのごと送って行ぐて云ったか。」
「みんなして汝《うな》のごと送てぐど。そいづぁなぁ、うな立派になってどごさが行ぐ時ぁみんなして送ってぐづごとさ。みんないゝごとばがりだ。泣ぐな。な、泣ぐな。春になったら盛岡祭見さ連《つれ》でぐはんて泣ぐな。な。」
 一郎はまっ青になってだまって日光に照らされたたき火を見てゐましたが、この時やっと云ひました。
「なあに風の又三郎など、怖《お》っかなぐなぃ。いっつも何だりかだりって人だますぢゃぃ。」
 楢夫もやうやく泣きじゃくるだけになりました。けむりの中で泣いて眼をこすったもんですから眼のまはりが黒くなってちょっと小さな狸《たぬき》のやうに見えました。
 お父さんはなんだか少し泣くやうに笑って
「さあもう一《ひと》がへり面《つら》洗なぃやなぃ。」と云ひながら立ちあがりました。

      二、峠

 ひるすぎになって谷川の音もだいぶかはりました。何だかあたたかくそしてどこかおだやかに聞えるのでした。
 お父さんは小屋の入口で馬を引いて炭をおろしに来た人と話してゐました。ずゐぶん永いこと話してゐました。それからその人は炭俵を馬につけはじめました。二人は入口に出て見ました。
 馬はもりもりかひばをたべてそのたてがみは茶色でばさばさしその眼は大きくて眼の中にはさまざまのをかしな器械が見えて大へんに気の毒に思はれました。
 お父さんが二人に言ひました。
「そいでぁうなだ、この人さ随《つ》ぃで家さ戻れ。この人ぁ楢鼻《ならはな》まで行がはんて。今度の土曜日に天気ぁ好がったら又おれぁ迎ぃに行がはんてなぃ。」
 あしたは月曜日ですから二人とも学校へ出るために家へ帰らなければならないのでした。
「そだら行がんす。」一郎が云ひました。
「うん、それがら家さ戻ったらお母《っか》さんさ、ついでの人さたのんで大きな方の鋸《のこぎり》をよごして呉《け》ろって云へやぃな、いゝが。忘れなよ。家まで丁度一時半かゞらは※[#小書き平仮名ん、246−2]てゆっくり行っても三時間半にあ戻れる。のどぁ乾ぃでも雪たべなやぃ。」
「うん。」楢夫《ならを》が答へました。楢夫はもうすっかり機嫌《きげん》を直してピョンピョン跳んだりしてゐました。
 馬をひいた人は炭俵をすっかり馬につけてつなを馬のせなかで結んでから
「さ、そいで
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