ひゅうぱちっと鳴らしました。山猫がひげをぴんとひねって言いました。
「裁判ももうきょうで三日目だぞ。いい加減になかなおりをしたらどうだ。」
「いえ、いえ、だめです。あたまのとがったものが……。」がやがやがやがや。
 山ねこが叫びました。
「やかましい。ここをなんとこころえる。しずまれ、しずまれ。」
 別当が、むちをひゅうぱちっと鳴らし、どんぐりはみんなしずまりました。山猫が一郎にそっと申しました。
「このとおりです。どうしたらいいでしょう。」
 一郎はわらってこたえました。
「そんなら、こう言いわたしたらいいでしょう。このなかでいちばんばかで、めちゃくちゃで、まるでなっていないようなのが、いちばんえらいとね。ぼくお説教できいたんです。」
 山猫《やまねこ》はなるほどというふうにうなずいて、それからいかにも気取って、繻子《しゅす》のきものの胸《えり》を開いて、黄いろの陣羽織をちょっと出してどんぐりどもに申しわたしました。
「よろしい。しずかにしろ。申しわたしだ。このなかで、いちばんえらくなくて、ばかで、めちゃくちゃで、てんでなっていなくて、あたまのつぶれたようなやつが、いちばんえらいのだ。」
 どんぐりは、しいんとしてしまいました。それはそれはしいんとして、堅《かた》まってしまいました。
 そこで山猫は、黒い繻子の服をぬいで、額の汗《あせ》をぬぐいながら、一郎の手をとりました。別当も大よろこびで、五六ぺん、鞭《むち》をひゅうぱちっ、ひゅうぱちっ、ひゅうひゅうぱちっと鳴らしました。やまねこが言いました。
「どうもありがとうございました。これほどのひどい裁判を、まるで一分半でかたづけてくださいました。どうかこれからわたしの裁判所の、名誉《めいよ》判事になってください。これからも、葉書が行ったら、どうか来てくださいませんか。そのたびにお礼はいたします。」
「承知しました。お礼なんかいりませんよ。」
「いいえ、お礼はどうかとってください。わたしのじんかくにかかわりますから。そしてこれからは、葉書にかねた一郎どのと書いて、こちらを裁判所としますが、ようございますか。」
 一郎が「ええ、かまいません。」と申しますと、やまねこはまだなにか言いたそうに、しばらくひげをひねって、眼をぱちぱちさせていましたが、とうとう決心したらしく言い出しました。
「それから、はがきの文句ですが、これからは、用事これありに付き、明日《みょうにち》出頭すべしと書いてどうでしょう。」
 一郎はわらって言いました。
「さあ、なんだか変ですね。そいつだけはやめた方がいいでしょう。」
 山猫は、どうも言いようがまずかった、いかにも残念だというふうに、しばらくひげをひねったまま、下を向いていましたが、やっとあきらめて言いました。
「それでは、文句はいままでのとおりにしましょう。そこで今日のお礼ですが、あなたは黄金《きん》のどんぐり一|升《しょう》と、塩鮭《しおざけ》のあたまと、どっちをおすきですか。」
「黄金のどんぐりがすきです。」
 山猫は、鮭《しゃけ》の頭でなくて、まあよかったというように、口早に馬車別当に云いました。
「どんぐりを一升早くもってこい。一升にたりなかったら、めっきのどんぐりもまぜてこい。はやく。」
 別当は、さっきのどんぐりをますに入れて、はかって叫《さけ》びました。
「ちょうど一升あります。」
 山ねこの陣羽織が風にばたばた鳴りました。そこで山ねこは、大きく延びあがって、めをつぶって、半分あくびをしながら言いました。
「よし、はやく馬車のしたくをしろ。」白い大きなきのこでこしらえた馬車が、ひっぱりだされました。そしてなんだかねずみいろの、おかしな形の馬がついています。
「さあ、おうちへお送りいたしましょう。」山猫が言いました。二人は馬車にのり別当は、どんぐりのますを馬車のなかに入れました。
 ひゅう、ぱちっ。
 馬車は草地をはなれました。木や藪《やぶ》がけむりのようにぐらぐらゆれました。一郎は黄金《きん》のどんぐりを見、やまねこはとぼけたかおつきで、遠くをみていました。
 馬車が進むにしたがって、どんぐりはだんだん光がうすくなって、まもなく馬車がとまったときは、あたりまえの茶いろのどんぐりに変っていました。そして、山ねこの黄いろな陣羽織も、別当も、きのこの馬車も、一度に見えなくなって、一郎はじぶんのうちの前に、どんぐりを入れたますを持って立っていました。
 それからあと、山ねこ拝というはがきは、もうきませんでした。やっぱり、出頭すべしと書いてもいいと言えばよかったと、一郎はときどき思うのです。



底本:「注文の多い料理店」新潮文庫、新潮社
   1990(平成2)年5月25日発行
   1997(平成9)年5月10日17刷
初出:「イーハトヴ童話 注文の多い料理店」盛岡市杜陵出版部・東京光原社
   1924(大正13)年12月1日
入力:土屋隆
校正:noriko saito
2005年1月26日作成
青空文庫作成ファイル:
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