たが俄《にわ》かに何を考えたのかにやりと笑ってそれを路のまん中に立て直しました。
そして又ひとりでぷんぷんぷんぷん言いながら二つの低い丘を越えて自分の家に帰り、おみやげを待っていた子供を叱《しか》りつけてだまって床にもぐり込んでしまいました。
ちょうどその頃平右衛門の家ではもう酒盛りが済みましたので、お客様はみんなでご馳走《ちそう》の残りを藁《わら》のつとに入れて、ぶらりぶらりと提げながら、三人ずつぶっつかったり、四人ずつぶっつかり合ったりして、門の処《ところ》まで出て参りました。
縁側に出てそれを見送った平右衛門は、みんなにわかれの挨拶《あいさつ》をしました。
「それではお気をつけて。おみやげをとっこべとらこに取られなぃようにアッハッハッハ」
お客さまの中の一人がだらりと振り向いて返事しました。
「ハッハッハ。とっこべとらこだらおれの方で取って食ってやるべ」
その語《ことば》がまだ終らないうちに、神出鬼没のとっこべとらこが、門の向うの道のまん中にまっ白な毛をさか立てて、こっちをにらんで立ちました。
「わあ、出た出た。逃げろ。逃げろ」
もう大へんなさわぎです。みんな泥足でヘタヘタ座敷へ逃げ込みました。
平右衛門は手早くなげしから薙刀《なぎなた》をおろし、さやを払い物凄《ものすご》い抜身をふり廻しましたので一人のお客さまはあぶなく赤いはなを切られようとしました。
平右衛門はひらりと縁側から飛び下りて、はだしで門前の白狐《びゃっこ》に向って進みます。
みんなもこれに力を得てかさかさしたときの声をあげて景気をつけ、ぞろぞろ随《つ》いて行きました。
さて平右衛門もあまりといえばありありとしたその白狐の姿を見ては怖さが咽喉《のど》までこみあげましたが、みんなの手前もありますので、やっと一声切り込んで行きました。
たしかに手ごたえがあって、白いものは薙刀の下で、プルプル動いています。
「仕留めたぞ。仕留めたぞ。みんな来い」と平右衛門は叫びました。
「さすがは畜生の悲しさ、もろいもんだ」とみんなは悦《よろこ》び勇んで狐《きつね》の死骸《しがい》を囲みました。
ところがどうです。今度はみんなは却《かえ》ってぎっくりしてしまいました。そうでしょう。
その古い狐は、もう身代りに疫病《やくびょう》よけの「源の大将」などを置いて、どこかへ逃げているのです。
みん
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