みんなは、わあわあ叫んで、吉郎をはねこえたり、水に入ったりして、上流《かみ》の青い粘土の根に上《あが》ってしまった。
「しゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]、来《こ》。」三郎は立って、口を大きくあいて、手をひろげて、しゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]をばかにした。するとしゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]は、さっきからよっぽど怒ってゐたと見えて、
「ようし、見てろ。」と云ひながら、本気になって、ざぶんと水に飛び込んで、一生けん命、そっちの方へ泳いで行った。子どもらは、すっかり恐《こは》がってしまった。第一、その粘土のところはせまくて、みんながはひれなかったし、それに大へんつるつるすべる傾斜になってゐたものだから、下の方の四五人などは上の人につかまるやうにして、やっと川へすべり落ちるのをふせいでゐた。三郎だけが、いちばん上で落ち着いて、さあ、みんな、とか何とか相談らしいことをはじめた。みんなもそこで、頭をあつめて聞いてゐる。しゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]は、ぼちゃぼちゃ、もう近くまで行ってゐた。みんなは、ひそひそはなしてゐる。するとしゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]は、いきなり両手で、みんなへ水をかけ出した。みんながばたばた防いでゐたら、だんだん粘土がすべって来て、なんだかすこうし下へずれたやうになった。しゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]はよろこんで、いよいよ水をはねとばした。するとみんなは、ぼちゃんぼちゃんと一度に水にすべって落ちた。しゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]は、それを片っぱしからつかまへた。三郎ひとり、上をまはって泳いで遁《に》げたら、しゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]はすぐに追ひ付いて、押へたほかに、腕をつかんで、四五へんぐるぐる引っぱりまはした。三郎は、水を呑《の》んだと見えて、霧をふいて、ごほごほむせて、泣くやうにしながら、
「おいらもうやめた。こんな鬼っこもうしない。」と云った。子どもらはみんな砂利に上《あが》ってしまった。三郎もあがった。しゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]は、そっと、あの青い石を投げたところをのぞきながら、さいかちの樹の下に立ってゐた。
ところが、そのときはもう、そらがいっぱいの黒い雲で、楊《やなぎ》も変に白っぽくなり、蝉ががあがあ鳴いてゐて、そこらはなんとも云はれない、恐ろしい景色にかはってゐた。
そのうちに、いきなり林の上のあたりで、雷が鳴り出した。と思ふと、まるで山つなみのやうな音がして、一ぺんに夕立がやって来た。風までひゅうひゅう吹きだした。淵《ふち》の水には、大きなぶちぶちがたくさんできて、水だか石だかわからなくなってしまった。河原にあがった子どもらは、着物をかかへて、みんなねむの木の下へ遁げこんだ。ぼくも木からおりて、しゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]といっしょに、向ふの河原へ泳ぎだした。そのとき、あのねむの木の方かどこか、烈《はげ》しい雨のなかから、
「雨はざあざあ ざっこざっこ、
風はしゅうしゅう しゅっこしゅっこ[#「しゅっこしゅっこ」に傍点]。」
といふやうに叫んだものがあった。しゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]は、泳ぎながら、まるであわてて、何かに足を引っぱられるやうにして遁げた。ぼくもじっさいこはかった。やうやく、みんなのゐるねむのはやしについたとき、しゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]はがたがたふるへながら、
「いま叫《さか》んだのはおまへらだか。」ときいた。
「そでない、そでない。」みんなは一しょに叫んだ。ぺ吉がまた一人出て来て、
「そでない。」と云った。しゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]は、気味悪さうに川のはうを見た。けれどもぼくは、みんなが叫んだのだとおもふ。
底本:「新修 宮沢賢治全集 第10巻」筑摩書房
1979(昭和54)年9月15日初版第1刷発行
1983(昭和58)年4月20日初版第5刷発行
底本の親本:「校本宮澤賢治全集」筑摩書房
1973(昭和48)年5月〜1977(昭和52)年10月初版発行
入力:田代信行
校正:伊藤時也
2000年4月15日公開
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