》かにざわざわしました。もう出発に間もないのです。
「僕、靴《くつ》が小さいや。面倒くさい。はだしで行かう。」
「そんなら僕のと替へよう。僕のは少し大きいんだよ。」
「替へよう。あ、丁度いゝぜ。ありがたう。」
「わたし困ってしまふわ、おっかさんに貰った新しい外套《ぐわいたう》が見えないんですもの。」
「早くおさがしなさいよ。どの枝に置いたの。」
「忘れてしまったわ。」
「困ったわね。これから非常に寒いんでせう。どうしても見附けないといけなくってよ。」
「そら、ね。いゝぱんだらう。ほし葡萄《ふだう》が一寸《ちょっと》顔を出してるだらう。早くかばんへ入れ給《たま》へ。もうお日さまがお出ましになるよ。」
「ありがたう。ぢゃ貰《もら》ふよ。ありがたう。一緒に行かうね。」
「困ったわ、わたし、どうしてもないわ。ほんたうにわたしどうしませう。」
「わたしと二人で行きませうよ。わたしのを時々貸してあげるわ。凍えたら一緒に死にませうよ。」
東の空が白く燃え、ユラリユラリと揺れはじめました。おっかさんの木はまるで死んだやうになってじっと立ってゐます。
突然光の束が黄金《きん》の矢のやうに一度に飛んで来ました。子供らはまるで飛びあがる位輝やきました。
北から氷のやうに冷たい透きとほった風がゴーッと吹いて来ました。
「さよなら、おっかさん。」「さよなら、おっかさん。」子供らはみんな一度に雨のやうに枝から飛び下りました。
北風が笑って、
「今年もこれでまづさよならさよならって云ふわけだ。」と云ひながらつめたいガラスのマントをひらめかして向ふへ行ってしまひました。
お日様は燃える宝石のやうに東の空にかかり、あらんかぎりのかゞやきを悲しむ母親の木と旅に出た子供らとに投げておやりなさいました。
底本:「新修宮沢賢治全集 第八巻」筑摩書房
1979(昭和54)年5月15日初版第1刷発行
1984(昭和59)年1月30日初版第7刷発行
入力:林 幸雄
校正:久保格
2002年11月10日作成
青空文庫作成ファイル:
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