ぎる細流
それはツンドラを截り
   (光るのは電しんばしらの碍子)
夕陽にすかし出されると
その緑金の草の葉に
ごく精巧ないちいちの葉脈
   (樺の微動のうつくしさ)
黒い木柵も設けられて
やなぎらんの光の点綴
 (こゝいらの樺の木は
  焼けた野原から生えたので
  みんな大乗風の考をもつてゐる)
にせものの大乗居士どもをみんな灼け
太陽もすこし青ざめて
山脈の縮れた白い雲の上にかかり
列車の窓の稜のひととこが
プリズムになつて日光を反射し
草地に投げられたスペクトル
 (雲はさつきからゆつくり流れてゐる)
日さへまもなくかくされる
かくされる前には感応により
かくされた後には威神力により
まばゆい白金環《はくきんくわん》ができるのだ
  (ナモサダルマプフンダリカサスートラ)
たしかに日はいま羊毛の雲にはひらうとして
サガレンの八月のすきとほつた空気を
やうやく葡萄の果汁《マスト》のやうに
またフレツプスのやうに甘くはつかうさせるのだ
そのためにえぞにふの花が一そう明るく見え
松毛虫に食はれて枯れたその大きな山に
桃いろな日光もそそぎ
すべて天上技師 Nature 氏の
ごく斬新な設計だ
山の襞《ひだ》のひとつのかげは
緑青のゴーシユ四辺形
そのいみじい玲瓏《トランスリユーセント》のなかに
からすが飛ぶと見えるのは
一本のごくせいの高いとどまつの
風に削り残された黒い梢だ
  (ナモサダルマプフンダリカサスートラ)
結晶片岩山地では
燃えあがる雲の銅粉
   (向ふが燃えればもえるほど[#底本では行末に「)」]
    ここらの樺ややなぎは暗くなる)
こんなすてきな瑪瑙の天蓋《キヤノピー》
その下ではぼろぼろの火雲が燃えて
一きれはもう錬金の過程を了へ
いまにも結婚しさうにみえる
 (濁つてしづまる天の青らむ一かけら)
いちめんいちめん海蒼のチモシイ
めぐるものは神経質の色丹松《ラーチ》
またえぞにふと桃花心木《マホガニー》の柵
こんなに青い白樺の間に
鉋をかけた立派なうちをたてたので
これはおれのうちだぞと
その顔の赤い愉快な百姓が
井上と少しびつこに大きく壁に書いたのだ
[#地付き](一九二三、八、四)
[#改ページ]

  鈴谷平原


蜂が一ぴき飛んで行く
琥珀細工の春の器械
蒼い眼をしたすがるです
   (私のとこへあらはれたその蜂は
    ちやんと抛物線の図式にしたがひ
    さびしい未知へとんでいつた)
チモシイの穂が青くたのしくゆれてゐる
それはたのしくゆれてゐるといつたところで
荘厳ミサや雲環《うんくわん》とおなじやうに
うれひや悲しみに対立するものではない
だから新らしい蜂がまた一疋飛んできて
ぼくのまはりをとびめぐり
また茨や灌木にひつかかれた
わたしのすあしを刺すのです
こんなうるんで秋の雲のとぶ日
鈴谷平野の荒さんだ山際の焼け跡に
わたくしはこんなにたのしくすわつてゐる
ほんたうにそれらの焼けたとゞまつが
まつすぐに天に立つて加奈太式に風にゆれ
また夢よりもたかくのびた白樺が
青ぞらにわづかの新葉をつけ
三稜玻璃にもまれ
   (うしろの方はまつ青ですよ
    クリスマスツリーに使ひたいやうな
    あをいまつ青いとどまつが
    いつぱいに生えてゐるのです)
いちめんのやなぎらんの群落が
光ともやの紫いろの花をつけ
遠くから近くからけむつてゐる
   (さはしぎも啼いてゐる
    たしかさはしぎの発動機だ)
こんやはもう標本をいつぱいもつて
わたくしは宗谷海峡をわたる
だから風の音が汽車のやうだ
流れるものは二条の茶
蛇ではなくて一ぴきの栗鼠
いぶかしさうにこつちをみる
  (こんどは風が
   みんなのがやがやしたはなし声にきこえ
   うしろの遠い山の下からは
   好摩の冬の青ぞらから落ちてきたやうな
   すきとほつた大きなせきばらひがする
   これはサガレンの古くからの誰かだ)
[#地付き](一九二三、八、七)
[#改ページ]

  噴火湾(ノクターン)


稚《わか》いゑんどうの澱粉や緑金が
どこから来てこんなに照らすのか
  (車室は軋みわたくしはつかれて睡つてゐる)
とし子は大きく眼をあいて
烈しい薔薇いろの火に燃されながら
  (あの七月の高い熱……)
鳥が棲み空気の水のやうな林のことを考へてゐた
  (かんがへてゐたのか
   いまかんがへてゐるのか)
車室の軋りは二疋の栗鼠《りす》
   ※[#始め二重パーレン、1−2−54]ことしは勤めにそとへ出てゐないひとは
    みんなかはるがはる林へ行かう※[#終わり二重パーレン、1−2−55]
赤銅《しやくどう》の半月刀を腰にさげて
どこかの生意気なアラビヤ酋長が言ふ
七月末のそのころに
思ひ余つたやうにとし子
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