降って来る。
帆綱の小さな電燈がいま移転し
怪しくも点ぜられたその首燈、
実にいちめん霧がぼしゃぼしゃ降ってゐる。
降ってゐるよりは湧いて昇ってゐる。
あかしがつくる青い光の棒を
超絶顕微鏡の下の微粒子のやうに
どんどんどんどん流れてゐる。
 (根室の海温と金華山沖の海温
  大正二年の曲線と大へんよく似てゐます。)
帆綱の影はぬれたデックに落ち
津軽海峡のときと同じどらがいま鳴り出す。
下の船室の前の廊下を通り
上手に銅鑼は擦られてゐる。
 鉛筆がずゐぶんす早く
 小刀をあてない前に削げた。
 頑丈さうな赤髯の男がやって来て
 私の横に立ちその影のために
 私の鉛筆の心はうまく折れた。
 こんな鉛筆はやめてしまへ
 海へ投げることだけは遠慮して
 黄いろのポケットにしまってしまへ。
霧がいっそうしげくなり
私の首すぢはぬれる。
浅黄服の若い船員がたのしさうに走って来る。
「雨が降って来たな。」
「イヽス。」
「イヽスて何だ。」
「雨ふりだ、雨が降って来たよ。」
「瓦斯だよ、霧だよ、これは。」
とし子、ほんたうに私の考へてゐる通り
おまへがいま自分のことを苦にしないで行けるやうな
そん
前へ 次へ
全15ページ中11ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮沢 賢治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング