さい時から母さまにおそわっているのでした。とにかくそれでみても、深い底には、とても思いもつかぬ不思議なものがいることが分ります。けれども椰子蟹はそんな下へ行く用事はありません。ただ上に行きさえすればよいのです。
 蟹は穴を出て珊瑚岩をつたわって上《あが》りますと、もうそこはマングロヴの林です。潮が満ちたときは半分は隠れますが、潮がひいたときでも腰から下はやはり水の中にあって、小さなお魚がその幹《みき》の間に遊んでおります。
 水を離れた蟹はお日様の熱ですぐ甲羅《こうら》がかわいてしまいます。けれども口の中にはちゃんと水気があるような仕掛《しかけ》が出来ていますから、目まいがすることはありません。
「お日様、お早うございます。今日《きょう》も又《また》椰子の実をいただきに出ました。」と、蟹はお日様に御礼を言います。お日様はにこにこしてだんだん高く空にお昇《のぼ》りになります。
 その日も蟹は前の日に登った樹に、その長い爪《つめ》をたてて登りました。枝から枝をたぐって実をさがしますが、どうもよい実がありません。
「はてな、今日はもう誰《だれ》か他《ほか》の蟹が来たかしら?」と、見廻《みまわ》してみても、他に蟹は一|匹《ぴき》もおりません。「人間が来たか知ら? だがこの島のなまけ者どもが、こんなに早く実を取りにくる筈《はず》がない。」と、言いながら、なお探《さが》しておりますと、たった一つ、どうやら熟しているらしい実を見付けました。
「うん、あったぞ。これなら甘《うま》いだろう。」と、蟹は、その大きな鋏《はさみ》を伸べて、チョキンと切って落しますと、椰子の実はストンと下へ落ち、肉が破けて、核《たね》があらわれました。蟹は急いで降りて、その鋏で、核をコンコンと叩《たた》きますと、美事に割れて、中から白いコプラが出ました。それをはさんで喰《た》べてみますと、渋くていけません。
「こりゃいけない。」と、蟹はブツブツ泡《あわ》を立てました。

        三

 蟹《かに》は今度はその隣りにある別の樹に登りました。けれどもやはりよい実がありません。どうしたものだろうと、なお探《さが》しているうち、ふと下の方で人の声がします。見れば半分裸のこの島の土人が四五人と、何か長い竿《さお》の先に丸い網をつけて、胴乱《どうらん》をさげた洋服姿の人が二人立って、木の上を見上げては指《ゆびさ
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