は鏡の市といふところさ。やはり夢の国のうちなんだよ。だがね、こゝで一つ面白いことをして遊ばう。あの逆さまの人や物を、ひつくり返してみよう。お前あのおしやもじを持つてゐるね。」
「えゝ、こゝにあります。」
「それを出して、焼けてゐない方を前へ向けて、クウル、クリイル、ケーレと呪文《じゆもん》をとなへるのだ。いゝか、やつてみなさい。」
吉ちやんはそのとほりにしますと、不思議/\、音もしないで、ピヨコリと、人でも物でも皆当り前になりました。するとそこいらにゐた人達《ひとたち》が、うよ/\と自動車のまはりへ集まつて来ました。
「有難うございます/\。あなたのお蔭《かげ》でみんなが、ちやんとなつて助かりました。あなたは神様でございます。」
一人々々ぺこ/\とお礼を言ひます。そのうちに一人の立派な服を着た人が、その中から進み出て、丁寧にお辞儀をいたしました。
「私《わたし》は、この市《まち》の長をつとめてゐる者のところから参りました。あなたがみんなの難儀をお救ひ下さいましたから、お礼に御馳走《ごちさう》をしたいと申してをります。どうぞおいで下さいませんか。」
大黒様はポケツトの中から、行くと言ひなさいと、すゝめますから、吉ちやんも、では行きませうといつて、その男に案内さして市長のうちへ行きました。
市長のうちは大変立派な、大きなお城でした。けれども不思議なことには、何だかごた/\してゐて、吉ちやんをうつちやらかしたまゝ誰も出て来ません。
「大黒様。」
と、吉ちやんはもう何でも大黒様にきゝさへすれば分ると思つてゐます。
「どうしたのでせうね、この騒ぎは。それに、お客様の僕《ぼく》を、誰《だれ》もかまつてくれないぢやありませんか。」
「うん、これか。」
と、大黒様は申しました。
「これはいつもあることなんだ、世界がひつくり返つたときには。――いまに分るよ。」
言つてゐるうちに、立派な服に、左の腕に黒い布をまいた人が出て来ました。その顔は蒼醒《あをざ》めてをりました。
「私《わたし》が市長でございます。」
と、その人は丁寧にお辞儀をして申しました。
「あなたのお蔭《かげ》で、私《わたし》共の世界が元どほりに、真《まつ》すぐになりましたことは、誠に御礼の申さうやうもないことでございます。で、ほんのお礼のしるしばかりに、宴会を開きましておいでを願つたのでございますが、とんでもな
前へ
次へ
全8ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮原 晃一郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング