私が負だ。又もし君の的を私が残らずうつて、君が新たにうつべき的を見つけられない場合には、今度は私が的をえらぶから、それを君がうてばよい。それを君がうつたら、私が降参しようし、うてなかつたら、私の勝だ。」


    弾で書く文字

 話はきまつた。みんなはすぐつれ立つて射撃場へ行つた。そこには丁度フランス兵の一隊も射撃演習に来てゐたので、この珍しい決闘射撃のことを知ると、みんな見物することになつた。
 最初は普通の標的の点取射撃で、どちらも名人のことだから、無造作に満点で、勝負なしに終つた。
 次にダンリ中尉は速射をした。扱ひにくいその頃《ころ》の小銃で、一分間七発もうつて、それがいづれも黒点をうちぬくのだから、神技ともいふべき素晴しい腕前であつた。しかし、上村少佐はそれに輪をかけた速さで、一分間十発もうつて、やつぱり黒点のまん中をうちぬいて、フランスの軍人たちをあつといはせた。
 ダンリ中尉もいさゝか驚いたやうだが、今度は他《ほか》の人に銅貨を空にほふり上げさせて、それが地面に落ちきらないうちに、ポン/\打つのだつた。百発百中で、見てゐる多くの仏人たちはその見事さに手を拍つて悦んだ。けれども上村少佐にだつてそんなことはお茶の子さい/\だつた。
 ダンリ中尉は少しあせつて来た。「この爺《ぢぢい》め、なか/\の奴《やつ》だ。しかし今度は真似《まね》ができまい。」
 そこで中尉はいよ/\取つておきの手を出した。
「では、向かふに白紙を張つた衝立《ついたて》をおいて、僕《ぼく》がそれに一つ文字を射ぬいて現すから、あなたもそれをやつてごらんなさい。出来たら、僕が負けたことにしよう。僕はフランスの敵たるプロシヤの頭を打ちぬくといふ意味で、その頭字《かしらじ》P《ペー》を射ぬいてみせよう!」
 中尉はさういつて、用意された白紙張《はくしばり》の衝立に向かひ、ポン/\と、一発又一発、丹念にうつて行くと、やがてその弾痕は点々とつらなつて、大きなPの字をゑがき出した。なか/\あざやかな手際であつた。見てゐる仏軍の将士は今度こそと一斉に手をたゝいて悦んだ。
 上村少佐もニコ/\して手をうつた。そしてつか/\とダンリ中尉に近寄つて、手をさしのべた。
「立派だ! もう私《わたし》が試みる必要はない。君は今見事に敵の頭を打ちぬいて、大勝利を得た、私は心からお悦《よろこ》びを申し上げる!」
 ダンリ中尉は勝つたと思つて、やつぱりニコ/\しながらその手を握りしめると、又あたりから盛んに拍手が起つた。
 が、しかし、この拍手が一しきりやむと、上村少佐は再び銃を取上げ、容《かたち》をあらためて、一同に向かつていつた。
「諸君、私《わたし》は今、ダンリ中尉の妙技に絶大の敬意を表し、又フランスを祝賀するために、改めてダンリ中尉の真似をさせて頂きます。しかし、いさゝかちがつた風に、即《すなは》ち一字だけではなく、二三の言葉を射ぬくことにいたしませう。」
 少佐は銃を肩に当てるが早いか、まづポンと一つ、無造作に打《ぶ》つ放し、それからこめては打ち、こめては打ちして釣瓶打《つるべうち》だ。その速いこと! だが、白紙の衝立に残つた弾の痕《あと》は唯《ただ》、めちやくちやに点がちらばつてゐるだけで、字なんか一つもかけてゐなかつた。見てゐる人々は唯《ただ》驚き呆《あき》れてゐる。けれども少佐は一向平気だ。そしてすました顔でいつた。
「これが私《わたし》の心をこめたフランスへお祝ひの言葉です!」
 ダンリ中尉は例の肩をすぼめる身振をしていつた。
「ですが、少佐、あれは一体何と読むのですか。少くともフランス語ではありませんね。多分、日本語なんでせう。」
「いや、フランス語をかいたのです。」と、いひながら、上村少佐は衝立に近寄り、ポケツトから鉛筆を取出して、一番左端の上の弾痕《だんこん》から、その下の、六十|糎《センチ》ほどへだてて、少し右へ寄つた弾痕へ、斜にスツと一本の線をひき、更に今度はその点から、逆に上の方へ、最初の弾痕の右の方に三十糎ほどはなれて、同じ高さにならんでゐる第三の弾痕へ、スウツと一線をひいたのでV《ヴエ》の字が出来た。かうして散らばつた弾痕を次から次へと鉛筆でつないで行くと、
[#天から2字下げ]VIVE《ヴイヴ》 LA《ラ》 FRANCE《フランス》!  (フランス万歳!)
といふ言葉になつた。
 忽《たちま》ち、見事《ブラヴオ》! 見事《ブラヴオ》! といふ声が湧き起つて、上村少佐は仏軍将士のために胴上されて、しばらくは足が地につかなかつた。
 少佐は改めてプロシヤ軍の兵器について仏軍当局に注意したが、そのときにはもう遅かつた。仏軍の大敗は勿論《もちろん》士気、編制にもよるが、少佐が見破つた兵器の劣等であつたことも大なる原因であつた。
 上村少佐は帰朝後、これからその腕をふるはうとしたとき急病にかゝつて亡くなつたので、その立派な知識も、すぐれた考案も、実際の役に立てることができないでしまつたのは甚だ残念である。



底本:「日本児童文学大系 第一一巻」ほるぷ出版
   1978(昭和53)年11月30日初刷発行
底本の親本:「少年倶楽部」講談社
   1935(昭和10)年8月
初出:「少年倶楽部」講談社
   1935(昭和10)年8月
入力:tatsuki
校正:鈴木厚司
2006年3月21日作成
青空文庫作成ファイル:
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