虹猫と木精
宮原晃一郎

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)お家《うち》

[#]:入力者注 主に外字の注記や傍点の位置の指定
(例)風がはりなたち[#「たち」に傍点]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)じめ/\
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
−−

 第一回の旅行をすまして、お家《うち》へ帰つた虹猫《にじねこ》は、第二回の旅行にかゝりました。
 或日《あるひ》、れいのとほり、仕度をして、ぶらりと家《うち》を出て、どことはなしに、やつて行きますと、とうとう木精《こだま》の国に来てしまひました。木精といふやつは面白い、愉快な妖精《えうせい》で、人に害をするやうなこともなく、たゞ鳥のやうに木にすまつてゐるのです。けれども鳥とちがつて、飛ぶことはできないのです。もつとも、鳥とはだいの仲よしで、鳥の言葉がよくわかりますから、郵便や電信などによらないで、おたがひに通信ができるのでした。

 冬になりますと、木精は木からうつゝて、地の下の穴の中に入るのです。何しろ、はれ/″\とした木の上から、じめ/\して、きたならしい土の下に行くのですもの、大へんなちがひです。だから木精はだれもみな、春になるのを待ちどほしがつて、草が芽をふき、鳥がのどを鳴らして、春を知らせると、もう大よろこびなのです。
 木精の国にはほかに動物はゐません。けれども虹猫は、古くから、この国に出入りして、おなじみですから、いつか雲の国に行つたと同様、かんげいされたのです。
 木精は風がはりなたち[#「たち」に傍点]で、人は人、自分は自分といふ風で、他《ほか》の妖精を自分の国に住まはせません。それだからといつて、別だん、他の妖精と喧嘩《けんくわ》をするわけでもありません。いや/\、かへつて、みんなと仲好くしてゐます。さうして、木精は、音楽をよくしますけれど、そのおもな仕事は、妖精の着物をこしらへることなのです。
 その着物といふのは、とても想像も及ばぬほど、小さな/\、微妙な織物で、いろ/\さま/″\な、美しい、価のたかい材料で出来てゐるのです。たとへば、金蜘蛛《きんぐも》、銀蜘蛛《ぎんぐも》といふ、とくべつな蜘蛛の糸はもちろんのこと、その外に月の光り、蚕からとつた、それは/\柔かい生糸、魔術の井戸水にひたして色のさめないやうにした花びら、もうせん苔《ごけ》、水の泡《あわ》、草の葉の筋など、そのほか、数かぎりのない材料が使はれるのです。

 さて、この着物ができあがると、鳥がそれをもつて、妖精のところへ行き、代りの註文を受取つてくるのです。
 ごくとくべつの場合には、註文《ちゆうもん》をした妖精が寸法を合はせに来たり、服地やら、スタイルやらをえらびに、自分から出かけてくることもありますが、そんなことは、さう、たび/\ではありません。なぜかといふに、木精の縫つた服は、よくからだに合ひスタイルも見事だからです。

 虹猫《にじねこ》は木精の国に行くことが、大へん好きでした。
 虹猫は、木精の国では、美しい、ぶな[#「ぶな」に傍点]の木に住まつてゐました。朝日が、木の葉をとほして、射すときには、その小さなお家《うち》は、なんともいへない、可愛らしい薔薇色《ばらいろ》にそまつて、それはきれいに見えるのです。毎朝、小さな鳥が声をそろへて、歌をうたつて、虹猫に聞かせ、又夕方になると、いつも子守歌をうたつて、すや/\ねむらせてくれます。
 小さな鳥どもは、虹猫を、大へん立派な、きれいな人だと思つてゐました。そしてそれはじつさいのことです。

 虹猫が、二三日、木精の国に滞在してゐるうちに、或日、朝早く、木精の頭《かしら》が面会に来ました。それは大へんにこまつたことができたから、相談してみようと思つたのです。
 困つたことゝは、ほかでもありません。妖精の国の女王様から、薔薇色をした短靴《たんぐつ》が幾ダースも幾ダースも、註文がありました。女王様は、こんどの宴会に、自分の御殿にゐるものには、みんなお揃《そろ》ひで、薔薇色の短靴をはかせようと、思召《おぼしめ》したのです。それだのに、その宴会は、もうほんの三日の後に、迫つてゐました。
「やつてやれないことはないけれど。」と、木精の頭は言ひました。「材料をどうしたものだらうか。君も知つてゐるとほり、薔薇はまだ出ないし、石竹《せきちく》は近頃《ちかごろ》、むやみに註文があつたんで、すつかり使ひつくしてしまつたんだ。それに似寄りの染粉も、みんなになつてしまつたのだ。もう、薔薇色の革はちつとも持合せがないのに、すぐ取りかゝらなけりやならんのだ。そいつを造らせるうちには、日限が切れつちまふ。女王様のおきげんをそこねるのは恐しい、一たい、どうしたらいゝだらう。」

 虹猫は智慧《ちゑ
次へ
全3ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮原 晃一郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング