ました。
「どうするつて」と、さきの水夫が言ひました。「そりや親方|勿論《もちろん》、喰べるにきまつてゐるぢやありませんか」
 すると、今太郎君が横合から言ひました。
「ねえ、お父さん、かはいさうですよ。放しておやんなさいよ。だつて、日本ぢや、漁師たちは、亀がとれるのは、大漁のしらせだといつて、お酒を飲まして、放してやるつていふぢやありませんか」
「いや、それはいけない」と、別の水夫が言ひました。「日本の漁師なんて迷信が深いから、そんな馬鹿げたことをいふのだ。亀なんて、こちとら真珠とりにや、邪魔にこそなれ、ちつとも益にやならない。それよりもスープにしたり、テキにしたりして、喰《く》つた方がいゝ」
 お父さんはにこ/\笑つて、双方の言分を聞いてゐましたが、やがて、
「ぢや、かうしよう、お前たちには、わしから一人に一両づゝやるから、亀は今太郎の言ふやうに、放してやつてくれ」と、言ひました。
「ハハハ、これや、とんだ浦島太郎――ぢやない、浦島今太郎だね」と、水夫は笑ひながら、仰向けになつて、手足をもがもが[#「もがもが」に傍点]さしてゐる亀を、そのまま、ずる/\とひきずつて、海の中へ、ぼちやん[#「ぼちやん」に傍点]と投込みました。亀は水に入ると、すぐ自由を取もどして、上手に起直り、三度ほど波の上に頭を出して、こちらを見い/\、どことも知れず姿を隠してしまひました。


    二

 程経て、ある日、大きな亀《かめ》が来て、もし/\今太郎《いまたらう》さん、竜宮へ御案内と言つたなら、浦島《うらしま》そのまゝですが、実際の話は、今太郎君が放してやつた海亀はその後、さつぱり行方が知れなかつたのです。又今太郎君の方でも、半分はそのことを忘れて、月日を送るうち、その年も過ぎて、十六になつたので、お父さん同様、海の底へもぐつて、真珠貝をとる稽古《けいこ》を始めました。
 今太郎君は厚い丈夫な潜水服を着て、まん丸い、ボール[#「ボール」は底本では「ポール」]のやうな潜水|兜《かぶと》をかぶり、足には何キログラムといふ重い鉛の底のついた靴《くつ》をはき、お父さんと一緒に、舷《ふなべり》の梯子《はしご》を下りて、海へ潜りました。海の底は薄暗くて、ちやうど、陸で木や草が茂つてゐるやうに、海藻《かいさう》が一ぱいに生えてゐるところもあれば、又砂原のやうなところもあり、山の崖《がけ》みたやう
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