殿へ移つてまゐりました。皇子のお顔はその火の熱で灼《や》けるやうに赤くなりました。皇子はお傍の人達の名をいろ/\お呼びになりましたが、あたりの音が騒がしいのに消されてよく聞えません。又お傍の人達もどこかへ逃げてしまつたものか、さつぱり誰《だれ》も御返事を申しあげません。そのうちに火はいよ/\近くなりまして、もはや皇子のお命も危いくらゐになりました。
この大火事の最中、一人の呑気《のんき》なおぢいさんが面白さうに見物してあるきました。この人は田舎から京都見物にはじめて上つてきた人ですから、都のことが何でも珍らしくてなりません。よくも案内を知らないので半分は迷《ま》ひ子になりながら、この騒ぎのなかを怪我《けが》もしないで見てあるくうち、とう/\宮城へ入り込んでしまひました。
宮城のうちにはもう焼け落ちた建物もあれば、まだ燃えかけてゐるのもある。広いお庭には道具だの衣服だのが、いつぱいに散らかつてをります。もう人はたいてい逃げたとみえて、姿が見えません。するとそこに一つ冠が落ちてをりました。
「これは面白いものを見付けたぞ、かぶつてやりませう。ウム、なか/\ぐあひのいゝものだ。」
おぢいさんは独り言をいひながら、頭にそれをのせました。田舎のおぢいさんのことですから、それが大納言《だいなごん》の冠であることは知りません。たゞ頭にかぶるものとだけ知つてをりました。するとどこからか遠いところで、「大納言/\。」と呼ぶ子供の声が聞えました。おぢいさんは大納言が何だかもやはり知らないので、そこいらをうろ/\見てあるきますと、又「大納言/\。」といふ子供の声がしますので、振り返つてみますと、もう半分は焼け崩れた一つ御殿から、一人の子供がこちらを向いて「大納言/\。」と呼びながら手招きしてをりますから、「ハテな、大納言ちうは俺《おれ》のことだらうな。」と、気がついて、そこへ参りますと、子供はいきなり、
「背中を出せ。」と申しました。
で、ぢいさんは背中を向けますと、子供はおぶさりましたから、
「どつちへ行くんですか。」と、聞きますと、子供はその行先《いくさき》を申しましたので、おぢいさんはそこへ子供をおんぶして行き、それから又|他《ほか》のところを見てあるきました。
その子供は曩《さき》に申した皇子でありました。おぢいさんが拾つてかぶつた冠が大納言の位にゐるものがかぶるものだ
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