《よろこ》びながら、二軒三軒と廻《まは》つてあるいてゐるうち、段々と眠たくなつて来ました。
「どうしたものだらう。あんまり喰べ過ぎたせいかしら。」
 神主さんはお腹《なか》のへんをさすつてみますけれど、お腹《なか》はげつそりとしてをります。寧《むし》ろ狼《おほかみ》のやうに腹が背骨にくつゝいてをります。そしてその飢《ひも》じいことゝいつたら、何ぼたべても追ひ付きません。
「神主さんは、御病気ぢやございませんか、大層お顔がお痩《や》せになりましたが。」
 或家《あるいへ》ではかう言はれました。
「いゝえ、どう致しまして。……たゞ余り遠いところを急いでまゐりましたので、お腹《なか》がすいたのです。」
 神主さんは情ない声を出しました。心のうちでは――
「どうやら、これは蛇いちごが利きすぎた。」と、思つてゐますがそんなことは言はれません。
「おや、それぢや何か召上るものをさし上げませう。」
 そこの家《うち》では先づ御馳走から出しましたので、神主さんはがつがつと四人分もたべて、大きなお腹《なか》をかゝへながら、やつこらせと、神前に坐《すわ》つて、ムニヤ/\と祝詞をあげ始めました。
 家《うち》の者どもは神主さんが余りに意地汚く喰べたのに驚いてをりました。
 そのうちに奥の方で祝詞をあげる神主さんの声が段々と低くなつて、とう/\しまひには聞えなくなりましたので、不思議に思つて、そこの奥さんが行つてみました。すると神棚の前には神主の坐つてゐたところに、その衣物《きもの》やら、袴《はかま》やらがあります。それもちやんと人が着てゐたまゝで、丁度その中から身体《からだ》だけを引つこ抜いて取つたやうになつてゐました。変なこともあるものだと、家《うち》の人達《ひとたち》を呼んで、捜してみても神主さんの姿はどこへ行つたか見えません。衣物や袴をといてみますと、そのあとには水が沢山|溜《たま》つてをりました。そして衣物の袂から、蛇いちごが四つ五つ出てきました。そのときそこへ来合せてゐた百姓の十袈裟《とけさ》といふ男がそれを見付けて、かう申しました。
「分りました。神主さんは溶けて水になつてしまつたのです。」
「それはどういふわけです。」と、皆が聞きかへしました。
「御覧なさい。」と、十袈裟は蛇いちごをさして申しました。
「この蛇いちごを神主さんはたべたにちがひありません。私《わたし》が山の畑に行きますと、時々大きなお腹《なか》をした蛇が出て来ます。そして蛇いちごを喰べては水を飲みますと、すぐそのお腹がげつそりと減るのです。神主さんはきつと蛇がさうするところを見て、自分もお腹をすかしては、御馳走を沢山たべてやらうと、きたない心を起したにちがひありません。相憎《あひにく》と蛇がたべればお腹がへるけれど、人間がたべれば、その身体《からだ》までが溶けてしまふのです。なぜかといへば、蛇は人間を呑んだときにも、矢張り蛇いちごを喰べて、それを溶かしてしまふのですからね。」
 そこの人達は成程と思つて、衣物《きもの》と袴とを使にもたせて、そのことを神主さんの家《うち》へ言つてやりました。



底本:「日本児童文学大系 第一一巻」ほるぷ出版
   1978(昭和53)年11月30日初刷発行
底本の親本:「竜宮の犬」赤い鳥社
   1923(大正12)年5月
入力:tatsuki
校正:鈴木厚司
2005年8月21日作成
青空文庫作成ファイル:
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