坊は、じぶんのうちの方をふりかへつて指さしました。
「あれツ! 狐が!」
 をんどりのさけび声に、びつくりして幸坊が向きなほつたときには、狐はをんどりをくはへて、もう一間ばかり先に走つてゐました。幸坊が後《うしろ》を向いたちよつとのゆだん[#「ゆだん」に傍点]を見すまして、狐はをんどりにとびかゝつたのでした。
「ちきしやう、うちころしてやるぞ。」
 幸坊は竹の棒をふりあげて、おひかけましたけれど、狐の足は早いものですから、たちまち見えなくなりました。こんどはどうしたものだか、黒猫もたすけに出て来ません。
 幸坊は、ぼんやりして、立つてゐますと、やつとそこへ黒猫が来ました。
「おい/\、黒。」と、幸坊が声をかけました。「とう/\をんどりは狐にとられてしまつたよ。おまい、どうするんだ。」
「やア、幸坊さんですか……」と、黒猫は言ひました。「困つたことをしましたね。あなたが戸をあけさしたからでせう。」
「さうだよ……でも狐があんなに早くとびつけようとは、ぼく思はなかつたんだ。」
「だから、私《わたし》が、だれが来ても戸をあけちやいけないと、いひつけておいたのです。しかたがないから狐の巣へいつて、とりもどして来ませう。」
「だつて、もう狐は骨ものこさずたべつちまつただらう。」
「いゝえ、あいつは、すぐにはたべません。これから飼つておいて、もつと大きく、おいしくなつてからたべるのです。」
「さうか。ぢや早くいかう。」
「したくをしますから、ちよつとおまちなさい。」
 黒猫はさう言つたかと思ふと、すぐどこへか行つて、長い外套《ぐわいたう》と、長靴《ながぐつ》と、三味線《さみせん》の竿《さを》の短かいのとをもつて来ました。
「さア、これでよろしい。まゐりませう。」


    四

 幸坊《かうばう》は黒猫《くろねこ》について、狐《きつね》の巣へ行きました。穴の口もとに来ると、黒猫は三味線《さみせん》をひいてうたひ出しました。
「シヤン、シヤン、ツン、チントン。ハアよいやな。金のいとを張つた琴だぞ。きつね、きつねのおうちはこゝか。かはいゝきつねの子はどこぢや。」
 狐はその歌をきくと、一たいだれがうたつてゐるのだらうと思つて、まづ、じぶんの子どもを穴の外に出して、見させました。
「しめたツ。」と、黒猫は手早く子狐を取りおさへてじぶんの外套のすそにおしこんでしまひました。
 そしてまた、「チヤンリン、チントン、ハアよいやな」と、面白くうたつてゐると、狐は子狐がかへらないのに心配して、穴からそうツと顔を出すところを、黒猫がその目に爪《つめ》をうちこんだので、狐はおそろしい泣声をあげて、穴から飛出し、黒猫と大げんかをはじめました。
 そのさわぎに、をんどりがかつ/\と鳴いて飛出しましたから、幸坊は大急ぎで、それをつかまへて一さんにうちの方へ走りましたが、それから先のことは、じぶんでも、どうなつたかわからなくなりました。


    五

 やうやく正気にかへつた幸坊《かうばう》は、じぶんのうちの床の上にねてゐました。
「とうと[#「とうと」に傍点]は?」と、幸坊はまづかう聞きました。お母さんが枕《まくら》もとにゐて答へました。
「気がついたかい。やれ/\安心した。おまいは、どうしたんだか、あの森の中にきぜつしてゐたのだよ。」
「とうと[#「とうと」に傍点]は?」と、幸坊は又きゝました。
「心配おしでない。かへつて来たよ。」
「黒は?」
「黒もかへつて来たよ。けれども大へんけがをしてゐるよ……」
 幸坊は二三日、つかれて、床にねてゐました。がおきあがると、お母さんたちにないしよ[#「ないしよ」に傍点]で、そつと森にはいつて、小さな小屋や、狐《きつね》の穴をさがしてみました。
 けれども、どんなにさがしてもそんなものは影も形もありませんでした。たしかに夢ではなかつたのですが……。



底本:「日本児童文学大系 第一一巻」ほるぷ出版
   1978(昭和53)年11月30日初刷発行
底本の親本:「赤い鳥」赤い鳥社
   1926(大正15)年2月
初出:「赤い鳥」赤い鳥社
   1926(大正15)年2月
入力:tatsuki
校正:鈴木厚司
2005年12月2日作成
青空文庫作成ファイル:
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