、たあいもなく参つてしまひました。
 これは熊が人をおそふときの癖をよくのみこんで、アイヌが発明した滑稽《こつけい》なやうで、大胆不敵な狩猟法です。チャラピタはそれをやつてみようとして手槍を持つて出たのでしたが、あんまり不意に熊にとびつかれたので、それが出来ず、組打ちをしてゐるうち、ふりとばされ、しばらく足が立たなかつたので、キクッタにその功をゆづることになつたのです。


    四

 熊捕《くまと》りの競争はこれでまづ勝負なしでした。といふのは、最初に熊を見付けたのはキクッタでも、それを打ちとめたのはチャラピタでしたから、まづキクッタが負けでした。すると、二度目にはその反対で、チャラピタが見付けて、キクッタが打ち取つたから、これはキクッタが有利でした。で、あいこです。その上、熊は二|疋《ひき》とも三メートルばかりの身の長《たけ》で、重さが百五十キロ以上でしたから、これも優劣なしでした。
 チャラピタは組打ちしたゝめ、ところ/″\負傷してゐましたから、しばらくは家《うち》にねてゐました。キクッタは毎日のやうに見舞つて、親切にいたはつてやりましたが、疵《きず》がなほると、一たん中止してゐた熊捕り競争を、ふたゝび始めることに、二人は相談をきめました。
「おい、チャラピタ」と、キクッタは言ひました。「これから一人々々別々に行かず、一緒に往《ゆ》かうぢやあないか」
「さうだね」と、チャラピタが答へました。「二人一しよなら、あぶないめにあふことはないな。それでも、さうすると競争は出来なくなるよ」
「うーん、出来るよ。たとへば、一しよに鉄砲や弓をうつて、両方とも中《あた》つたとしても、その中りどころが急所の方が勝ちときめりやいゝぢやあないか」
「さうだね。それもよからう。」
 そこで、二人は仲好しの友達として、お互に目の前で手柄をきそふことになりました。ところが、この結構な相談が、妙な結果になつてしまひました。
 或日《あるひ》、二人は有珠岳《うすだけ》の麓《ふもと》を廻《まは》つて、洞爺湖《とうやこ》のそばまで往つたとき、一疋の熊を見付けました。
「さきに見付けた人がさきにうつことにしようぢやないか」と、キクッタが言ひました。この熊をさきに見付けたのは、自分だつたからです。
「いゝだらう。君、やり給《たま》へ!」
 おとなしいチャラピタはすぐ承知しました。
 で、キクッタは新らしい銃を取り上げました。これは前の銃を折つてからキクッタの親父《おやぢ》が熊の皮十枚を出して和人《シヤモ》から買ひ取つたもので、最新式の軍用銃だといふことでしたから、キクッタは、今度こそは、たゞ一発でうちとめてみせるぞと思つたのでした。
 熊は可なり大きなもので、人の姿を見ると、れいによつて、後ろ脚で立ち上がつて、ウオッと吼《ほ》えました。
 キクッタはこゝぞと、その心臓をめがけてドンと一発放つと、みごとに命中しました。けれども、不思議にも熊はたふれずに、たゞ少し後ろへよろめいたゞけで、すばらしい、大きな唸《うな》り声を出して、ふたゝびキクッタにとびかゝらうとしましたが、そのとき、チャラピタの銃が鳴りひゞいて、熊はそこへゴロリところがつて息絶えてしまひました。
「なんだ、君はよけいなことをして僕《ぼく》の手柄を横取りするつもりだな」
 キクッタは額に青筋立てゝ怒りました。
「いや、そんなことはない。君の弾丸《たま》で熊が死なゝかつたので、僕《ぼく》は君を助けて、一発打つたのだ」
「ちがふ、僕の弾丸は、たしかに心臓に命中した。だから、熊はよろめいて仆《たふ》れるところだつたではないか、君の弾丸なんか碌《ろく》なところに中つてゐやしない」
 そこで二人は、只《ただ》そんな水掛論をしてゐたんでは、果てしがつかないから熊の死骸《しがい》を検《あらた》めてみようといふことになりました。
 二発の弾丸《たま》が熊の左の胸に打ち込んでゐました。そして二つとも、僅《わづ》か三四センチをへだてゝ、同じところに命中してゐました。一発は上、一発は下でした。
 しかし、これだけでは、どれが誰《だ》れの弾丸で、どれが熊の生命《いのち》をとつたのか分りませんから、二人は小刀《マキリ》を出して、その局所《ところ》を切り開いてみました。すると、上の方の弾丸は心臓のそばをかすつてゐますが、下の方の弾丸は見事に心臓に中つてゐました。
「これ見給へ。これが僕の弾丸だ。このとほり心臓に中つてゐる。君のなんか、中りつこはありやしない」
 キクッタは威張つていひました。チャラピタはその出て来た弾丸を手にとつて、見くらべてゐました。二つとも鉛のでしたから、形が、ひどくいびつになつてゐました。でも、上の方の弾丸は明かに長めで、下の方のは丸い形でした。
「可笑《をか》しいね。君の鉄砲弾はドングリの実の形をして
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