、お前は賢い秀雄の足ではないだらう。こら、早く下りろ。でないと、これだぞ。」
 お父さんは又三つばかりたゝいた。秀雄さんはべそをかきかけたが、泣きはしなかつた。でも泣きさうな声で言つた。
「お父さん。それはぼくの足ですよ。僕の足、柿の実ぢやないから……」
「なんだ、柿の実ぢやない?」
「さうさ、柿の実ぢやないから、たゝいてもおちやしませんよ。」
 秀雄さんはこのあひだ、此の柿の実をとるのに、お母さんや柿さんたちが梯子をかけようといつてさわいでゐるとき、お父さんがきて、
「そんな、めんだうなことをしないでも、たゝけばいゝのだ。」と、いつて、竿《さを》でたゝいておおとしになつたことをおもひ出したのである。
 で、秀雄さんのこの言葉をきくとお父さんは思はず、笑へさうになつたのをわざとまじめな顔をしておつしやつた。
「いや、柿の木の枝にのつてゐるからには、柿の実にちがひない。それも、いふことをきかない、悪いしぶ柿だらう。煮てもやいてもくへないやつだ。かう、たゝかなけりやめつたに下へはこないやつだ。」
 お父さんはさういつて、又三つばかり秀雄さんの足をたゝいてから、やつと手をおはなしになつた。
 秀雄さんはそれでも泣かなかつた。けれども、やつと木から下りて、地へ足がつくとはじめて、わつと大きな声をあげて泣きだした。
 そこへ出ていらつしたお母さんがびつくりなさつて、
「おや、をかしいわね。もうおりてしまつてからなぜ泣くの。うたれたのは、木の上にゐるときだつたのに!」と、おつしやると、秀雄さんは首をふつて、
「うゝん、でも高いところで泣けば、涙で目が見えなくなつて、おりられなくなるもの。だから、ぼく、泣きたかつたけれど、がまんしてゐたの……」
 秀雄さんのいふことが、あまりにをかしいので、たうとうお父さんも笑つておしまひなすつた。そして、なほ、よく/\お父さんから教へていたゞいたので、もう秀雄さんは、けつして屋根に上ぼらなくなつた。尤《もつと》もそのかはりに、それからのち、近くの飛行場にゐるをぢさんところへ行つて、とき/″\ほんとの飛行機にのせていたゞいたから、屋根なんかへ上ぼるのは、もう少しも面白いことゝは思はれなくなつたのでもあつた。



底本:「日本児童文学大系 第一一巻」ほるぷ出版
   1978(昭和53)年11月30日初刷発行
底本の親本:「日本童話名作選」金の星社
   1940(昭和15)年3月
入力:tatsuki
校正:鈴木厚司
2005年12月2日作成
青空文庫作成ファイル:
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