みえて、なか/\明るいところへ出ません。そのうちにとう/\夜があけてしまひました。
 一番がけに眼《め》をさましたのは、孫の巨人です。直《す》ぐに虫はどこにゐるかと、入れて置いた蒲団の中をみますけれども、二匹とも影も形もありません。
「あゝおぢいさん、大変だよ/\、大事の/\西瓜の虫がゐなくなつちやつた。」
 孫は眼から拳骨《げんこつ》のやうな大きな涙をパラ/\と流して、泣き出しました。
 するとおぢいさんの巨人は、
「よし/\泣くんぢやない/\。どこかそこいらに匐《は》ひ出してゐるだらうから、俺《わし》が捜してやる。」と、言つて、蒲団をすつかり取り除《の》けますと、一里も先に逃げのびた筈《はず》の二人は、まだ裾《すそ》の辺《あたり》にうろ/\してをりました。大変広い蒲団であつたと見えます。
「それ見なさい。」と、おぢいさんの巨人は直ぐに、二人をつかまへて、掌にのせて、孫の巨人の顔の前へ差し出しました。「この通りゐたぢやないか? もう泣きなさんなよ。」
「あゝゐた/\。有難い/\。もうお前|達《たち》、無暗《むやみ》とあるきまはるのではないよ。もし俺《わし》が寝返りでもした時、圧《お》し潰《つぶ》されるといけないからね。」と、いゝ気嫌《きげん》になつた孫の巨人は、今度は肉を削つた西瓜の中に二人を入れて、飼つて置くことにしました。
 二人はもう逃げようとて逃げるわけにはまゐりません。仕方なく/\御飯の代りに西瓜を喰《た》べて、孫から言ひつけられるとほりに歌を唄ひ、あぢきない日を送つてをりました。

 或日のことでした。おぢいさんの巨人は、孫に申しました。――
「これ/\孫や、俺《わし》にお前の虫を貸してくれまいか。」
「おぢいさん、貸してあげてもいゝですが、何をなさるんですか?」
「あのね、あの虫は大変賢いだらう。だから俺《わし》の鼻の孔《あな》に沢山毛が生えて、垢《あか》もついてゐるから、毛をかつたり垢を掃除したりさせるのだよ。」
「ぢや貸しませう。」
 そこで仙蔵と、次郎作は、鎌《かま》と鍬《くは》とをもたされて、おぢいさんの巨人の鼻の中へ入ることにされました。そのとき、仙蔵は次郎作にむかつて申しました。――
「さあ愈々《いよいよ》危いときが来た。今までは二人一緒だつたが今度は鼻の孔《あな》に別々に入るのだ。だから若《も》しかすると、それつきりで、もう会へなくなるかも知れないぜ。」
 次郎作はびつくりして聞きかへしました。――
「どうして?」
「それはね、巨人が若《も》しか強く内の方へ息を吸ひ込んだら、そのはづみに俺達は、鼻の孔から腸の中へ落ちていかないとも限らないからだ。」
「それは困つたな。どうかしてそんなことにならない工夫はないかしら。」
「ないよ……だがね、せめてはお互にまだ無事でゐるつてことを生きてゐる間は知らせ合はふぢやないかえ。だからかうするんだ。時々巨人の鼻の障子を鎌か鍬で叩《たた》いて合図をするんだ。」
「うん、それがよからう。ぢやさうしよう。」
 二人はかう約束して、恐る/\鼻の入口から入つて、先づ鎌で藪《やぶ》のやうに生えた鼻毛を苅《か》り、鍬で鼻の垢《あか》を掘りしては、鼻の障子を叩いて、無事でゐることを互に知らせ合ひました。けれどもその仕事は危いものでした。
 なぜかつていへば、巨人がたえず息を呼吸してゐるのが、鼻の毛をまるで強い風が林を吹くやうに音を立てゝ動かして通り、うつかりすると、仙蔵が気遣つたとほりに吸ひ込まれたり、又吹き倒されさうになつたりするからでした。
 しかしそれでも鼻の孔の半分までは無事に掃除をすましてきました。たゞこの辺から暗いことも段々暗くなり、その上に暑くなつて来ました。弱虫で、そゝつかしやの次郎作は、独りで働いてゐるのが愈々《いよいよ》心細くなつて、一本の鼻毛を刈つては、合図に鼻の障子をたゝき、一つ垢をほぢつては、又合図をしました。けれども巨人の方では奥に二人が入るにつれて、こそばゆくなつて、嚏《くさみ》をしさうになりますのを怺《こら》へ/\致しますので、中の二人は時々その強い息に吹き仆《たふ》されました。それに気のついた仙蔵は、次郎作が合図をする度に、危いから、さう度々するんぢやないと、大声に叫んで注意しますけれども、聞えないと見え、矢張り合図をしてよこしますから、ハラ/\してゐます。そのうちどうしたはづみでしたか、次郎作が合図に鼻の障子を一つ叩きますと、その叩きやうが少しひどかつたとみえ、巨人はとう/\たまらず、ハツクシヨンと、上を向いて、大きな山でもとばされるやうな嚏《くさみ》をしました。
 空に高く、風が木の葉を吹きあげたやうに、持つていかれた二人は、しばらくしてからどしんと地面におとされて、気絶しました。正気にかへつてみると、二人とも日本まで吹きとばされて、帰りつ
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