かも知れないぜ。」
次郎作はびつくりして聞きかへしました。――
「どうして?」
「それはね、巨人が若《も》しか強く内の方へ息を吸ひ込んだら、そのはづみに俺達は、鼻の孔から腸の中へ落ちていかないとも限らないからだ。」
「それは困つたな。どうかしてそんなことにならない工夫はないかしら。」
「ないよ……だがね、せめてはお互にまだ無事でゐるつてことを生きてゐる間は知らせ合はふぢやないかえ。だからかうするんだ。時々巨人の鼻の障子を鎌か鍬で叩《たた》いて合図をするんだ。」
「うん、それがよからう。ぢやさうしよう。」
二人はかう約束して、恐る/\鼻の入口から入つて、先づ鎌で藪《やぶ》のやうに生えた鼻毛を苅《か》り、鍬で鼻の垢《あか》を掘りしては、鼻の障子を叩いて、無事でゐることを互に知らせ合ひました。けれどもその仕事は危いものでした。
なぜかつていへば、巨人がたえず息を呼吸してゐるのが、鼻の毛をまるで強い風が林を吹くやうに音を立てゝ動かして通り、うつかりすると、仙蔵が気遣つたとほりに吸ひ込まれたり、又吹き倒されさうになつたりするからでした。
しかしそれでも鼻の孔の半分までは無事に掃除をすましてきました。たゞこの辺から暗いことも段々暗くなり、その上に暑くなつて来ました。弱虫で、そゝつかしやの次郎作は、独りで働いてゐるのが愈々《いよいよ》心細くなつて、一本の鼻毛を刈つては、合図に鼻の障子をたゝき、一つ垢をほぢつては、又合図をしました。けれども巨人の方では奥に二人が入るにつれて、こそばゆくなつて、嚏《くさみ》をしさうになりますのを怺《こら》へ/\致しますので、中の二人は時々その強い息に吹き仆《たふ》されました。それに気のついた仙蔵は、次郎作が合図をする度に、危いから、さう度々するんぢやないと、大声に叫んで注意しますけれども、聞えないと見え、矢張り合図をしてよこしますから、ハラ/\してゐます。そのうちどうしたはづみでしたか、次郎作が合図に鼻の障子を一つ叩きますと、その叩きやうが少しひどかつたとみえ、巨人はとう/\たまらず、ハツクシヨンと、上を向いて、大きな山でもとばされるやうな嚏《くさみ》をしました。
空に高く、風が木の葉を吹きあげたやうに、持つていかれた二人は、しばらくしてからどしんと地面におとされて、気絶しました。正気にかへつてみると、二人とも日本まで吹きとばされて、帰りつ
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