与へになるつもりで、おつくりなされたものです。神様は私共悪魔がこの世界にゐることをお好みなさらんので、どこか遠い/\ところへ追ひやつておしまひなさるつもりです。なぜかといへば悪魔がゐては人間の邪魔になるからです。神様は深く人間をお愛しになつて、その心に十分の九まで自分の魂をお吹込みなさるつもりです。ですから殆《ほと》んど神様と同じになるわけです。たゞあと一分だけをお残しになつて、神様との区別となさるのであります。しかし人間が本当に神様の思召《おぼしめし》どほりの行ひをするなら、その残りの一分も神様の御心を頂戴《ちやうだい》出来て神様と同じになれるのです。さうなつたら大変です。我々悪魔はもうこの世にはをられません。たゞ幸なことには、人の魂のその残りの一分には我々悪魔も又指をいれることが出来ます。ですから我々はそこにつけこんで、そこから人間の魂を全部腐らしてしまへばよいわけです。しかし今のやうに我々悪魔の仲間が戦争ばかりしてゐては、皆自滅してしまふばかりですから、これからは仲よくして、力を合せて人間を堕落させることに致しませう。」
ところが他の悪魔たちは、この大悪魔ほど悧巧《りかう》でなかつたものですから、その言葉を聞きいれません。
「あいつ。いゝ加減なこと言つてゐやがる。」
「さうとも、あんなずるい奴《やつ》だから、何をたくらんでゐるか知れやしない。」
「えらさうなことを言つて、自分がこの悪魔の国の王様になるつもりだらう。」
「さうにちがひない。」
「やつゝけろ。」
「殺してしまへ。」
一人が言へば二人、三人と、しまひには、ありつたけの悪魔がよつてたかつて、この大悪魔ひとりをめがけて、打つて、かゝりました。
大悪魔はたゞ一人ではかなひませんから、放々のていで逃げ出しました。すると悪魔は皆ドン/\後を追ひかけて来ます。丁度《ちやうど》大悪魔が山の湖の岸まで逃げて来たとき、追ひつかれさうで、大分危くなりました。でどうしようかと困つてゐるとき、ふと思ひ付いたのは例の力強い尾です。大悪魔はこれはよいことがあると、その尾を振つて地面を一打ち打ちました。すると、地面が大きく裂けて、その割れ目へ湖の水がどし/\流れ込み、大きな河になりました。ですから追つて来た悪魔のうち、足の早い者だけがこの割れ目を跳び越してゐましたけれど、後《おく》れたものはその中に落ちて、アブ/\/\しながら、溺《おぼ》れるやら、流されるやら大騒ぎでした。
けれども割れ目をとんだ悪魔も沢山ゐましたから、そんな奴がやはり追つかけて来ます。
また/\近く追ひつかれさうになりましたから、二度大悪魔は例の尾で力一ぱいに地面を打ちますと地面は割れて、湖の水が流れ込みました。今度の割れ目は前のよりも大きかつたので、また沢山の悪魔が落込みました。
けれども悪魔の方はあとからつゞいてくる者が多いので、やはりドン/\と追ひかけて、また/\追ひつかれさうになります。大悪魔は苦しくて/\たまらないものですから、三度目には力一ぱい、無茶苦茶に尾で地面をたゝきつけましたので、いくつもいくつも大きな河が出来て、湖から水が矢を射るやうにゴウ/\音を立てゝ流れました。追ひかけて来た悪魔どもは大抵その中に落ちて、海へ押し流されてしまひました。
大悪魔は、だいぶ働いたので、すつかり疲れ、ぐつたりとして道端に臥《ね》てゐましたが、ふと気がついて驚いたのは、自分の強い尾がなくなつてゐることでした。
「あんまり強く地面をたゝいたので、切れてしまつたものと見える。」と大悪魔はそこをさがしてみましたが、きつと河の中に落ちて、水に流されたのでせう。影も形も見えませんでした。
「驚いた/\、尾がなくなつたら、どうして他の悪魔を防げるだらうか。」
大悪魔は心配しながら、自分が拵《こしら》へた、大きな川を幾つも/\跳び越えて、自分の家に帰りました。
けれども他の悪魔から攻撃を受ける心配はなくなつてゐました。といふのは大悪魔の敵はみな大抵川に溺れて死んでしまつたからでした。で後に残つた僅《わづ》かの悪魔に、仲間同志の喧嘩は決してするものでない。それよりも人間がいまに出来たら、その魂をくさらすことに力をいれるがよいと教へました。他の悪魔どもゝ今度はよく分りましたから、もう手向ひせず、大悪魔の家来になりましたので、大悪魔の子孫はだん/\数がふへて、地上に栄えました。けれどもそれからは皆尾がなくなりましたので、悪魔の姿は大変人間にまぎらはしくなり、その為《た》め愚な人間は悪魔と友達になつて堕落しました。たゞ賢い人の眼《め》にだけは、その無い尾がちやんと見えるので、どんなにうまく化けても悪魔の正体はすぐ分るのです。
底本:「日本児童文学大系 第一一巻」ほるぷ出版
1978(昭和53)年11月30日初刷発行
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