じ古代北歐語でも表現の仕方がエッダとちがひ、廻りつくどいので、不馴れの者にはよみづらいのです。たとへば舟のことを舟といはずに、波の馬といひ、白い浪頭を「波の牡山羊」といふたぐひです。これはケニンガアル kenningar といふ一種の隱喩でありますが、別にヘィティ Heiti といふのは全く違つた名をいふので、言はば符牒であります。たとへば、女といふ言葉を普通にコーネと言はないで、フリョード Flyod、またはスプルンド Sprund といふやうな類であります。これが解釋は後世の人に不可能でありますが、幸にも新らしい『エッダ』のスカルドスカパルマール Skaldskaparmal 即ち、スカルド作詩法にのつてゐるので分るのであります。
スカルド詩人のうち、最も古いとせられてゐるのはウルフ Ulf でありますが、頗る達者な作家で一夜に一長篇をこしらへたといひます。そのほかスカルド詩人の中では、聖地で人殺しをしながら、詩の功徳で危い生命を取り止めたエルプル Erpr や、非常に數奇な生活を送つたエギル・スカラグリムソン Eegil Skallagrimsson などといふ人達もあり、エピソードにとんでゐますが、只今は省いて他の機會にゆづることに致します。スカルドの盛時は、ハラルド美髮王の時代で、王自らも優秀なスカルド Harald Harfagr でありました。
九、散文時代
スカルドに次いだサァガ Saga は散文の物語で、これはイスランドの美しい産物であります。軍談、講談のやうに歴史の事實を巧みな話術で話したのが今日に殘つてゐるわけであります。
イスランドでは今日でも、宴會や、集會の席で、この講釋を餘興として聞く風習が昔のまゝに殘つてをります。
十、傳統の精神
これで甚だ概略ながら、古代のイスランド、ノルウェイ文學のお話を終りました。で、この古代文學が現代のスカンヂナヴィア文學とは如何なる關係をもつてゐるかと云へば、勿論、形式の上からは何んにもありません。けれどもその剛健不屈の古い傳統の精神、ローマンスの夢にあこがれる傳統の精神は、ちやんと殘つてゐます。イプセンの如き、ストリンドベーリの如き、いづれも自國の古い傳統に深い愛着をもち、その精華を發揮しましたし、ビョルンソンの如きは、スカルド蒐集の功によつてノーベル賞を貰つたほどであり
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