がない」に丸傍点]。私はね心に一つ祕密がある[#「私はね心に一つ祕密がある」に丸傍点]。魔醉劑は譫言を謂ふと申から[#「魔醉劑は譫言を謂ふと申から」に丸傍点]、それが恐くつてなりません[#「それが恐くつてなりません」に丸傍点]。何卒もう[#「何卒もう」に丸傍点]、眠らずにお療治が出來ないやうなら[#「眠らずにお療治が出來ないやうなら」に丸傍点]、もう/\[#「もう/\」に丸傍点]、快ならんでも可い[#「快ならんでも可い」に丸傍点]、よして下さい[#「よして下さい」に丸傍点]。』
『刀を取る先生は高峰樣だらうね[#「刀を取る先生は高峰樣だらうね」に二重丸傍点]』
『何うしても肯《き》きませんか。それぢや[#「それぢや」に丸傍点]全快《なほ》つても死でしまひます[#「つても死でしまひます」に丸傍点]。可《いゝ》から此儘で手術をなさいと申すのに[#「から此儘で手術をなさいと申すのに」に丸傍点]』
『さ、殺されても痛かあない。ちつとも動きやしないから、大丈夫だよ。切つても可[#「切つても可」に二重丸傍点]』
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祕密[#「祕密」に丸傍点]、高峰樣[#「高峰樣」に丸傍点]、殺死[#「殺死」に丸傍点]、斬[#「斬」に丸傍点]、夫人の心状、之を掌に指すが如し[#「之を掌に指すが如し」に白丸傍点]『切つても[#「切つても」に白丸傍点]可[#「可」に二重丸傍点]』一語傍人を悚殺す[#「一語傍人を悚殺す」に丸傍点]。
遂に最後の惨局に到る、
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『痛みますか。』
『否、貴下だから、貴下だから。』
恁言懸けて伯爵夫人は、がつくりと仰向きつゝ、凄冷極り無き最後の眼に、國手をぐつと瞻《まも》りて、
『でも[#「でも」に丸傍点]、貴下は[#「貴下は」に丸傍点]、貴下は[#「貴下は」に丸傍点]、私を知りますまい[#「私を知りますまい」に丸傍点]!』
謂ふ時晩く、高峰が手にせる刀に片手を添へて、乳の下深く掻切りぬ。
醫學士は眞蒼になりて戰きつゝ、
『忘れません[#「忘れません」に丸傍点]。』
其聲、其呼吸、其姿、其聲、其呼吸、其姿。伯爵夫人は嬉しげに、いとあどけなき微笑を含みて、高峰の手より手をはなし、ばつたり、枕に伏すとぞ見えし、唇の色變りたり。
其時の二人が状、恰も二人の身邊には、天なく、地なく、社會なく、全く人なきが如くなりし。
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是に到るまで讀者をして手卷を離す能はざらしむ[#「是に到るまで讀者をして手卷を離す能はざらしむ」に傍点]、
渠が外科室は成功せるもの[#「渠が外科室は成功せるもの」に白丸傍点]。
渠は又浪子の諧謔を能くす。
渠は又美の力を識認す、渠は伯爵夫人の美の力を、浪子の口を藉つて語らしめて曰く、
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『私もさ今まではかう[#「私もさ今まではかう」に白丸傍点]、ちよいとした女を見ると[#「ちよいとした女を見ると」に白丸傍点]、つひそのなんだ[#「つひそのなんだ」に白丸傍点]。一所に歩く貴公にも[#「一所に歩く貴公にも」に白丸傍点]、隨分迷惑を懸けたつけが[#「隨分迷惑を懸けたつけが」に白丸傍点]、今のを見てからもう/\胸がすつきりした[#「今のを見てからもう/\胸がすつきりした」に白丸傍点]。何んだかせい/\とする[#「何んだかせい/\とする」に白丸傍点]、以來女はふつゝりだ[#「以來女はふつゝりだ」に白丸傍点]。』
『でも[#「でも」に白丸傍点]、あなたやあ[#「あなたやあ」に白丸傍点]、と來たら何うする[#「と來たら何うする」に白丸傍点]。』
『正直な處[#「正直な處」に白丸傍点]、私は遁げるよ[#「私は遁げるよ」に白丸傍点]。』
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美に對すれば俗念を絶つ[#「美に對すれば俗念を絶つ」に丸傍点]、鏡花は其消息を解するものか[#「鏡花は其消息を解するものか」に丸傍点]、吾人をして其の欠點を指摘せしめば、豈に指摘すべき處を知らざらん哉。
然れども此落寞たる文界に偶々新進作家の出つるに當りて[#「然れども此落寞たる文界に偶々新進作家の出つるに當りて」に傍点]、餘り多くの注文を持ちこむで其鋭氣を沮むは[#「餘り多くの注文を持ちこむで其鋭氣を沮むは」に傍点]、决して之を歡迎するの道にあらず[#「决して之を歡迎するの道にあらず」に傍点]。
然れども渠をして小成に安んぜしむるは吾人の本意にあらず、修養蘊蓄徐ろに後來の大成を期せんこと屬望に堪へず。
底本:「鏡花全集 卷二 月報2」岩波書店
1942(昭和17)年9月30日第1刷発行
1973(昭和48)年12月3日第2刷発行
初出:「國民之友」
1895(明治28)年7月23日
入力:土屋隆
校正:門田裕志
2005年10月28日作成
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