すから。人民が繁殖しませんから。愛国心がないのですとサ。明治五六年ごろには。女の風俗が大そうわるくなって。肩をいからしてあるいたり。まち高袴《たかばかま》をはいたり。何か口で生いきな慷慨《こうがい》なことをいって。誠にわるい風だそうでしたが。このごろ大分直ってきたと思うと。また西洋では女をたっとぶとか何とかいうことをきいて。少し跡もどりになりそうだということですから。今の女生徒は大責任があるのでござりますと。あのセクスピア[#「セクスピア」に傍線]が顔の皮の厚い女は。男の女らしいのと同じことで。好ましくないものだと申しましたし。また第一ナポレオン[#「ナポレオン」に傍線]は。仏国を改良するには善良の母だと申しました。だから女にもしも学問をさせなければ。なかなか善良の母も出来ますまいし。学問をさせれば。厚顔《あつかお》なおしのつよい女が出来ますから。何でも一つの専門をさだめて。それをよく勉強して。人にたかぶり生いきの出ないようにして。温順な女徳をそんじないようにしなければいけません。そうすれば子孫も才子才女が出来て。文明各国に恥じない新世界が出来ましょうと。ある方がおっしゃいました。
斎「アアいやだワいやだワ。あたしはそんなことを聞くと。ほんとにいやになってしまアー。一生懸命で学問しても。奥様になりゃア仕事をしたり。めんどくさくっていやだワ。わたしゃア独立して美術家になるわ。画かきになるワ。美術の内で。歌舞音曲その他一二を除いて。源は皆な画ですとサ。だから画は美術の King。オヤ。フェミニンの方かしらん。じゃア Queen だワ……。あたしはきっときっと画かきになるワ。
相「オヤ斎藤さんが画工《えかき》になるって。こんなめんどくさがりのくせにネ。
服「斎藤さんだとて一心一到ですもの。画かきになれますワ。
相「オヤオヤ。じゃアあたしも一心一到だから。この間理科で高点をとったから。それを規模にして理学者になろうか。あなたハ。
宮「私しはこの学校を卒業すれば奥様になるワ。お浪さんあなたもそうでしょう。
服「ソウネー。私しは文学が好きですから。文学士か何かのところへいって。御夫婦ともかせぎにするワ。
斎「オヤお仲のよいこと。あたしは亭主なんぞは。ほんとにほんとにもちたくないワ。
宮「じゃアお浪さんは。うちの兄さんのところへお嫁にいらっしゃるといいこと。そうだと嬉《うれ》しいけれど。
相斎「ほんとだワ」とまだあどけなき娘気の。人の心を計りかね。思わずいえばもろともに。いいはやされて今さらに。よしなきことをいいけりと。咄の絶ゆる折しもあれ。
 カチカチカチ。オヤお昼飯《ひる》の柝《たく》でしょう。サア行きましょう。(かけだす音)バタバタバタ

     第七回

 二人|曳《び》きの車は朝夕に出入りて。風月堂の菓子折。肴籠《さかなかご》などもて来たる書生体のもの車夫など。門前にひきもきらず。これは篠原子爵の邸なれど。このほどより主はよほどの重体にて。某《なにがし》とよばるるドクトルも小首をかたむくるほどなれば。家中《やうち》の混雑一方ならず。このごろ養子|勤《つとむ》が帰朝以来。「こう忙がしくってはたまらん」など。取次ぎの書生の苦情もかしまし。今日しも少しよきようなれば。と上下《かみしも》ともに心安うおぼえて。いつしかにおさんの笑い声も耳だつほどとなりぬ。
 山中はいつものごとく御看病と称《とな》えて。なにか浜子のへやにてしきりに咄しさい中なり。勤は帰朝以来何か感ずるところありて。懊悩《おうのう》として心楽しまず。机に向えばただただ神経の作用のみはげしくなりて。ますます思い乱るる妄想《もうぞう》をやるにところなし。散歩は至極適当の療治法なりと思えど。養父の病気中には傍《はた》の思わくもあれば。ほしいままに外《と》に出《い》づべくもあらず。さるほどに浜子の部屋または勝手などに折々聞ゆる笑い声も。なかなかにかんしゃく玉の発裂《はれつ》するもととなり。ともすれば天井と睨《にら》めくらをして。にがりに苦りて言葉なし。アアこの神経というものはおそろしきものなり。折にふれては鬼神|妖怪《ようかい》の眼《ま》の当りにおそいきたるかとみれば。いつしか嬋娟《せんけん》たるたおやめの側《かたわら》に立つかと思うなど。千変万化さまざまにうつり行く。げに物思う折の現《うつつ》はまた一場の夢なりかし。ややありてすこし夢のさめしようなる風情にて。あくび二ツ三ツして。やおら立ちあがりて障子を明け。庭へ出でて花壇のまわりを三べんばかりあてどもなくあるきながら。わざと浜子の部屋のあたりをさけて。おもての方へおもむろにあゆみきたれば。馬丁《べっとう》部屋の方にあたりて。ささやきかたらう声笑う声聞えけり。下ざまのことになれざる耳には。いとめずらしくおぼえられてや。やおら立ちよ
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