術上で分析すれば。ゴマカシュム百分の七十に。オペッカリュム百分の三十という人物だ。アハハハハ。
宮「あれでかれこれ御同前の三分の二ぐらい月給をとるのだから。官員は名誉にも何にもならない。
斎「そうだがこのごろはどんなソサヤジーにも面《つら》を出して。高等官の中間《なかま》にでもはいったように威張っているそうだ。
宮「ナニサあれは篠原|子《し》と。ことに例のがひいきして引っ張り廻すからサ。
斎「例のとなんだかおかしな咄を聞いたが。
宮「それは決してあるまい。あっちが顔のいい上にあんなにはねッかえりで、瓜田李下《かでんりか》の嫌疑《けんぎ》なんぞにかまわないところへ。こっちがおかしくべたべたするたちだから。おかやきがやかましいのサ。そういえば君はあの女学校も兼勤だったね。篠原のは退校したとか。
斎「退校したが全体ピヤノなにかはよく出来たが。跡のことは容子ほどにはいかないから。来年の卒業もどうかと思っていたくらいだ。退校もよかろう。しかし英語だけは山中が始終おしえにいって。近ごろ少し出来てきたということだが。篠原のは親父のおかげもあるし。むやみに交際に出かけるから。女学校で一時評判にはなったけれど。末頼もしい生徒はマア学校にはなしサ。しかしあの服部のは私塾にいるが。温順で怜悧《れいり》で生いき気がないから感心サ。
宮「ソウサ僕の妹も同塾でよく毎度せわになりますが。年に似合わず親切には感心します。
葦「さようなら。
母「オヤだしぬけにおかえりか。ねえさんによろしく。

     第六回

 夜具|戸棚《とだな》に隣りたる一間の床の間には。本箱と箪笥《たんす》と同居して。インキのこぼれたる跡ところどころにあり。箪笥の前にはブリッキの小さなかなだらいの中に。くせ直しのきれ丁寧にたたんではいっている。その側《わき》に二三本のけすじたてに。びんぐしが横たわりてあれども。あたりはさすがに秩序整いて。取りちらしたるものもなし。今使いがもち来たりしとみゆる包みを前におきて。窓によりかかりたる一人の生徒。ふじびたいのはえぎわへ。邪見に手をつっこんで。前髪の下りたるを幾たびかなで上げながら。西施《せいし》のひそみにならえるか。靄々《あいあい》たる眉《まゆ》のあたりに。すこししわをよせて。口の中で手紙をよんでいるところへ。来かかりたる女生徒。目は大きやかなれどどこにか愛敬あるが。そっと障子を明けて。
女生徒「服部さん。あなた今日はお帰りにならないの。
服「エエ今この手紙が来まして。今日は帰るなといってきました。
女「そう。にぎやかでいいこと。あの英和|字彙《じい》があるならお貸し遊ばしてちょうだい。
服「サアサアお持ち遊ばせ。今何かもたせてよこしましたから。マアはいってめし上がっていらっしゃいナ。
女「ありがとう。ではあの斎藤さんもおよび申しましょう。斎藤さん斎藤さん」と隣の部屋の口から呼ぶ。
斎藤「なにー。私は今日ねむくってしょうがないのヨ。そのくせ夕べは八時ごろに講堂でいねむりをして。相沢さんにおこされて。びっくりしてお部屋へかえって。寝巻もきかえないでねてしまった。アー」と大あくびをしながら。バタリと障子をしめて入り来たる。
女「アラ斎藤さん下手《げす》の一寸ヨ。
斎「よくってよ。あんまりこもっているから。炭素を追い出してやるんだワ。
女「あんな口のへらないこと。
斎「口はへらなくってもおなかがへってヨ。なにかおしょうばんにあずかりたいこと。
女「ですからおよび申したの。
斎「および遊ばすからおいで遊ばしたのヨ……。ドレですコレ。お内からきたの。お包みを明けますヨ。オヤオヤ風月堂のカステイラに。落花生《らっかしょう》が一袋。この袋は五銭ばかりのふくろネー。この重箱の下は。オヤオヤお菜ネー。白魚とくわいのお手料理は。きっと奏任官の令夫人が。お浪《なみ》にたべさせたいとおこしらえ遊ばしたの。アア親の恩は海より深し。
女「斎藤さんしゃべってばかりいらっしゃると。みんなわたくしがいただいてしまいますヨ。
斎「ですがネー。わたくしは夕べおかしな夢を見てヨ。福ちゃんがネ女になって。私の兄のところへよめに来たいといいますから。そんなことをいわないでほんとの男になって。あたしのおむこさんにおなんなさい……。兄さんはネ。夜会でお目にかかるミス服部という人が大へんに好きですから。お気の毒様といったら福ちゃんがおこって。
女「ヨー斎藤さんもうおよしなさいヨ。サア」トかすていらをペンナイフで切って出す。「メネーメネー。サンキュー。ホワ。ユウワ。カインド」と片言の英語を囀《さいず》りながらチョイとつまんで「それからネー宮崎さん。
宮「モウおよしなさいヨ。あなたは磊落《らいらく》だからおかまいにならないけれど。ヨーもうよして頂戴。
斎「ヘイヘイ恐れ入りました。じゃア相沢さんを
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