でも毛糸編みをして。それで姉さんがお飯《まんま》まで炊いて。その上この子の学資を……。
葦「お伯母さんうそでござります。そんなことはござりません。
宮「葦男さん。お前は姉さんが内職をするなんということを。恥とでも思ってお隠しかしらんが。それは恥じることではない。自慢していい咄だ。人は己《おの》れの力で食わなければならない。姉さんなんぞはほんとにえらいもんだ。と僕のうちでは陰でほめているのサ。ネー斎藤さん。
斎「それは実に感心なわけだ。
母「そしてそればかりではない。自分では学校へ通うことが出来ないからといって。この子が帰って来ると。すぐとその稽古しただけはうつしてもらうところが。器用なたちで覚えがよいから。今ではこの子が下読みをしてもらうくらいになったとネ。葦男さん。
葦「それはほんとでござります。わたくしの忘れたところはみんなねえさんに……。
宮「そうか。国語学では葦男さんは年に似合わずよく出来るとのことだが。そうして見れば姉さんの力かネ。
葦「ハイ亡父のおりました時に。姉は始終下田歌子さんのところへ通学致しまして。歌などの稽古をしたり。書《ほん》を読んだりしましたので。一通りは私も姉からおそわりました。
宮「なるほど。英語はどうだネ。
葦「第四リーダーと万国史を読んでおります。
斎「それりゃアえらいこった。才童といわれるもそのはずだ。僕は化学の方ばかりだから。まだあし男さんにはお近づきにならなかった。
葦「さようでござりますか。私くしの方ではよく先生を存じております。
母「そうだろうネ。そんなによく出来たら。今にいい官員さんにおなりだろう。
宮「おっかさん。そんなことを子供にいい聞かせると。とんだ間違いの種になります。葦男さん。学問は官員になって月給を取るためではない。この社会に利益を与える人になるためにするのだ。斎藤君。今の大学でも政事や法律で卒業する者は。いずれ官員になるのだが。文学や工学で卒業するものに比しては。皆《みんな》学問は出来ないのがおおいというと。御同前の田へ水を引くようだ。アハハハ。それだから葦男さんも。官員なんぞという文字は脳中にないようにして。世のためになることをしようとお心がけなさい。
斎「官員といえば山中はどうしたろう。この節は役所のはぶりがいいとかで。等も進んだそうだ。仕方のない男だが。あんなのが人気《じんき》にあうのサ。まア僕らの学
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