た。盾のおもてに映して、はじめて彼は安全に、ゴーゴンの顔の映像《かげ》を見ることが出来るのでした。なるほど映っています――あのおそろしい顔が――月光を一杯にうけて、その物凄さをすっかりあらわしながら、ぴかぴかした盾の中に映っています。頭の蛇は、わが身に有《も》った毒のために十分眠ることが出来ないのでしょうか、メヅサの額の上で、始終からだをよじりつづけています。とにかくそれは、今まで見たこともなく、想像もしたこともないような、この上もなく獰猛《どうもう》な、何ともいえないおそろしい顔でした。それでいて、一種不思議な、ぞうっとするような、野性的な美しさがその中にあるのでした。目を閉じて、ゴーゴンはまだぐっすりと眠っていましたが、何だかいやな夢でも見て、うなされてでもいるように、その顔附には悩ましそうなところが見えました。そして白い牙をばりばりと鳴らし、真鍮の爪は砂の中へ喰い込んでいました。
 頭の蛇もまたメヅサの夢がうすうす分るらしく、それがために一層眠れない様子でした。彼等は互にからみ合って、ごちゃごちゃのかたまりになり、はげしく身をよじって、目を閉じたまま、しゅっしゅっといいながら、百の鎌首をもたげました。
『さあ、さあ!』少しじれったくなって来たクイックシルヴァは、低い声で言いました。『メヅサに飛びかかれ!』
『でも落ち着いて、』と、パーシウスにつきまとっている真面目な、響のいい声が言いました。『下へおりて行く時、盾をよく見て、最初の一太刀《ひとたち》をしくじらないように気をつけなさい。』
 パーシウスは、盾に映ったメヅサの顔から目を離さないで、注意深く下の方へおりて行きました。近づけば近づくほど、蛇の生えた頭と鉄のような胴体とは、いよいよ物凄くなって来ました。とうとう、メヅサの上から手の届くあたりまで舞下ったと思った時、パーシウスは剣を振上げました。と同時に、メヅサの頭の蛇が恐しい勢で一つ残らず立上って、メヅサはくわっと目を見開きました。しかしもう遅かったのです。剣は業物《わざもの》、それがまた雷光《いなずま》のように打ちおろされたのだからたまりません。流石に兇悪なメヅサの首も、ぽろりと胴体からころがり落ちました!
『天晴《あっぱれ》の手並だ!』とクイックシルヴァは叫びました。『急いでその首を魔法の袋の中へ入れるんだ。』
 パーシウスが驚いたことには、彼が頸にかけていた、今まで財布ほどの大きさしかなかった、小さな、縫取りをした袋が、たちまちメヅサの首がはいるほどの大きさになりました。目にもとまらないほどの早さで、彼はまだ蛇がしきりにうごめいているメヅサの首をつかんで袋の中に押込みました。
『あなたの仕事はすみました、』と静かな声は言いました。『さあ逃げなさい。メヅサを殺された仇を討とうとして、他のゴーゴン達が命がけでかかって来るでしょうから。』
 実際、逃げる必要がありました。というのは、パーシウスがメヅサの首を落す時、いくら静かにやろうとしても、剣を打ちおろす音、蛇がしゅっしゅっという声、それからメヅサの首が海辺の砂の上にどさっ[#「どさっ」に傍点]と落ちる音などがしたので、他の二疋が目を覚ましたからです。彼等はちょっとの間、ねむそうに真鍮の指で目をこすりながら坐っていましたが、一方彼等の頭の蛇は、おどろきと、相手は何ものとも知らないながらも毒気を含んだ敵意とで、みんな棒立になりました。しかしその二疋のゴーゴン達が首のなくなった、うろこだらけのメヅサの死骸と、すっかり逆立《さかだ》って、半ば砂の上にひろげられた金の翼とを見た時に立てた叫びと悲鳴と来ては、本当に、聞いていて身の毛がよだつほどでした。それからまた蛇もです! 百もそろって一斉にしゅっしゅっというものですから、メヅサの頭の蛇もまた、魔法の袋の中からそれに応《こた》えるのでした。
 ゴーゴン達はすっかり目が覚めるとすぐに、がらがらというような音を立てて空中に舞上って、真鍮の爪を振上げ、物凄い牙をばりばりと鳴らし、その大きな翼をあまりはげしく羽《は》ばたきしたので、羽根の毛が幾つか抜けて、ひらひらと海岸の方へ落ちて行きました。そしておそらくそれらの羽根の毛は、今でもそこに落ちているでしょう。ゴーゴン達は高く舞上って、それはもう、誰でも石にしてしまおうというので、物凄くあたりを睨みまわしました。もしもパーシウスが彼等の顔をまともに見るとか、彼等の爪にかかるとかしていたら、彼の気の毒なお母さんは、二度とわが子に接吻する時は来なかったでしょう。しかし彼はゴーゴン達の方を見ないように、よく気をつけました。それに彼は隠兜をかぶっていたので、ゴーゴン達は彼をどっちへ追っかけていいか分らなかったのです。又彼は飛行靴《とびぐつ》を出来るだけ利用することを忘れないで、まっすぐに一マイ
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