とつかまえていらっしゃい!』彼女はほほ笑みながら叫んで、その注意を一層よく頭に入れさせるために指を上げて見せました。『どんなことが起っても、びっくりしちゃいけませんよ。ただ彼をしっかりと、つかまえていらっしゃい、そうすれば彼はあなたの知りたいことを教えてくれるでしょう。』
 ハーキュリーズは重ねて彼女に礼を言って、旅をつづけました。一方娘達の方は、また楽しい花環つくりの仕事をやり出しました。彼等はハーキュリーズが行ってしまった後も、長い間彼の噂をしました。
『あの方が百の頭をもった竜を退治て、三つの金の林檎を持ってここへ帰っていらしったら、あたし達の一番美しい花環をかぶらせて上げましょうよ、』と彼等は言いました。
 その間に、ハーキュリーズは、丘や谷を越え、淋しい森を抜けて、どんどん旅をつづけました。時々彼は棍棒を高く振り上げて、樫の大木を一打ちでたち割ってしまいました。巨人や怪物と闘《たたか》うことが彼の一生の仕事だけに、心は彼等のことで一杯だから、おそらく大きな木までが巨人や怪物のように見えたのでしょう。そして、ハーキュリーズは彼の引受けたことをやりとげようと、大変はりきっていたので、あの娘達を相手に、無用の冒険談などをして、大変暇をつぶしたことを後悔するような気持にさえなりました。しかし、大きな仕事を仕遂げるように生れついた人は、必ずそうした気持になるものです。彼等が既にやってしまったことは、実につまらなく思えてくるのです。そして、これからやろうとすることが、骨折りと、危険と、そして命にさえも値するような気がするのです。
 ちょうどその森を通り合せた人は、彼が大きな棍棒で木を打っているのを見て、びっくりしたにちがいありません。ただ一打ちでもって、幹は雷にうたれたように裂け、大きくひろがった枝は、ざわざわと音を立てて、崩れるように落ちて来ました。
 彼は少しも立止ったり、あとをふりかえったりしないで、どんどん先を急ぐうちに、やがて遠くから海鳴《うみなり》の音が聞えて来ました。それを聞くと、彼は更に足を早めて、まもなく、とある海岸へ出ました。そこには、大きな磯波が、真白な泡の長い線を引いたように、堅い砂の上に打上げていました。しかし、その海岸の一方の端には、ちょっとした灌木林が崖を這い上るように生えていて、その岩になった表面を、やわらかく、美しく見せている気持のいい場所がありました。匂いのいいうまごやしが沢山まじった、毛氈を敷いたような青草が、その崖と海との狭い間を蔽うていました。そして、ハーキュリーズがそこに見つけた人こそ、ぐっすりと眠っている一人の老人でした!
 しかし、それは実際、間違いなく老人だったでしょうか? たしかに、ちょっと見ると、それはいかにも老人のようでした。しかしもっとよく見ると、それはむしろ、何か海に棲んでいる動物みたいでした。というのは、彼の脚や腕には、魚にあるようなうろこがありました。彼は足や手に、家鴨みたいなみずかきがついていました。そして彼のあごひげは、緑色をしていて、普通のあごひげというよりも、一束の海藻のように見えました。君達は船材の切端《きれはし》が、長いあいだ波にもまれて、藤壺が一杯くっついて、とうとうしまいに、深い深い海の底から打上げられたのかと思われるような風になって、岸に漂着しているのを見たことがありますか? とにかく、その老人を見ていると、ちょうどそういったような、波にもまれた材木を思わせるものがありました。しかしハーキュリーズは、その不思議な姿を見るとすぐに、これこそ彼に道を教えてくれる筈の「老人《オウルド・ワン》」にちがいないと思いました。
 そうです。これこそあの親切な娘達が彼に話して聞かせた「海の老人」にほかならなかったのでした。ちょうどうまく、その老人が眠っているところを見つけるなんて、自分はよほど運がいいのだと喜びながら、ハーキュリーズはしのび足で彼の方へ近づいて行って、彼の腕と脚とをつかまえました。
『ヘスペリディーズの庭へは、どう行けばいいか、教えてくれ、』老人がまだよく目もさまさないうちから、彼はそう叫びました。
 君達にもたやすく想像がつく通り、「老人《オウルド・ワン》」はびっくりして目をさましました。しかし、彼がびっくりしたよりも、次の瞬間には、ハーキュリーズの方がもっとびっくりした位でした。というのは、急に「老人《オウルド・ワン》」が、彼のつかまえている手から消えたように思うと、いつのまにか彼は牡鹿の前足と後足とをつかまえているのでした! それでも彼は、しっかりとつかまえて放しませんでした。すると牡鹿が消えて、今度は海鳥になって、ハーキュリーズがその翼と足とをつかんでいると、ばたばたとあばれて啼き立てました! しかし、鳥は逃げ出すことが出来ませんでした。す
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