人とも泉のまわりに生えている繁った灌木《かんぼく》の中へかくれてしまいました。どうかされはしないかとおそれたわけではなく、もしもペガッサスが彼等をちょっとでも見たら、遠くへ飛び去って、どこかの近づけないような山の上へでもおりてしまうといけないと思ったからでした。というのは、飛んでいたのは本当にペガッサスでしたから。今日まで長い間彼等は待たされましたが、とうとうペガッサスはピリーニの水で喉をしめすためにやって来たのでした。
 君達は鳩がおりて来る時にそんな風にするのを見たことがあるでしょうが、大きく輪をかいて飛びながら、この空の驚異はだんだんと近づいて来ました。そうした広い、大きな輪を、少しずつ地上に近づくにつれて、だんだん狭く、小さくしながら、ペガッサスはおりて来ました。だんだん近くで見るほど、それは一層美しく、その銀翼《ぎんよく》が輪をかいて飛ぶさまはいよいよすばらしい気がしました。とうとう、それは、泉のまわりの草も倒さず、岸の砂にも、蹄《ひづめ》の跡がつかないほど、ふうわりと地上におり立って、そのたくましい首を垂れて、水を飲みはじめました。それは、長い、気持のよさそうな溜息をしたり、いかにもおいしいといったように、静かにちょっと休んだりしながら、水を飲みました。それから、また一杯、また一杯、また一杯。というのは、世界のどこへ行っても、雲の中をどう捜しても、ペガッサスには、ピリーニの水ほど気に入った水はなかったからでした。そして、喉の渇きがなおると、うまごやしの甘い花を少しばかりむしって、お上品にたべてみました。しかし、こんな平凡な草よりも、ヘリコン山の高い中腹の、雲のちょっと下あたりの草の方が、彼の口にはずっとよく合っているので、お腹《なか》一ぱいにたべる気はありませんでした。
 こうして心ゆくまで水を飲み、そして、贅沢屋がうまいものだけちょっと味を見るといったような、草の食べ方をしてから、この翼のある馬は、あちこちはね廻ったり、まるで退屈半分、遊び半分みたいに踊ったりしはじめました。このペガッサスほど、飛んだり跳ねたりするのが好きなものもありませんでした。だから、考えただけでも気持がいいくらい跳ねまわって、その大きな翼を、紅雀《べにすずめ》も及ばないほどの軽さで、ばたばたさせたり、半分は地上を、半分は空中をといった風に、一体飛んでいるのか駆けているのか分らない
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