小石を拾ったりしに、よくここへ来るんだ。そして、水の中を見ていると、そこに映っている空の影の中に、時々、翼の生えた馬の姿が見えるよ。僕は、それがおりて来て、僕を背中に乗せて、お月様まで飛んで行ってくれるといいと思うなあ! しかし、僕がその方を見ようとして、ちょっとからだを動かしても、もうそれはどこか遠くの方へ飛んで行ってしまって、見えないんだ。』
 そしてビレラフォンは、荷馬車をひく馬しか知らないような中年の田舎者や、若い時分の美しいものを忘れてしまったおじいさんなどの言うことよりも、水に映ったペガッサスの姿を見たという子供と、それが大変いい声でいななくのを聞いたという娘とを信じました。
 そこで彼は、その後幾日も幾日も、ピリーニの泉の辺へ、始終出かけて行きました。彼は翼のある馬の水にうつる姿か、或はその不思議な実物を見たいと思って、絶えず注意をして、空を見上げているか、でなければ水の中を見下していました。彼は光った宝石と金のくつわとのついた馬勒を、用意のために、いつでも手に持っていました。近くに住んでいて、牛をつれて泉の水を飲ませに来る田舎の人達は、度々気の毒なビレラフォンをあざ笑ったり、時には彼を責めたりしました。彼等はビレラフォンに、彼のような、いいからだをした若者は、そんなつまらないことに、暇をつぶしていないで、もっと立派な仕事をするのが本当じゃないかと言いました。彼がもしも馬が入用なら、馬を売ってやろうと彼等は言いました。ビレラフォンが馬なんか買わないといってことわると、彼等は、それなら彼の立派な馬勒を売らせようとかかりました。
 田舎の子供達までが、ビレラフォンを大変な馬鹿だと思ってしまって、彼の真似をしてふざけ散らして、失敬にも、彼がそれを見ていても、聞いていても、一向平気でした。たとえば、一人の小さな男の児《こ》は、ペガッサスの飛んでいるところだといって、思い切り変てこな恰好をして跳ね廻り、そのあとを、彼の学校友達の一人が、ビレラフォンの飾った馬勒をあらわしているつもりの、蒲《がま》のよじったものを一本持って、ばたばたと追っかけました。しかし、そうした意地悪小僧達がみんなで、その見知らぬ青年を苦しめる以上に、あの、水の中にペガッサスの影を見たという、おとなしい子供が、彼を慰めてくれました。この可愛い少年は、遊んでいる時には、よく彼の傍に来て坐って、一
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