べたことも、見たことも、かいだこともないでしょう。その香気は、台所のあたりにただよって、何ともいえないほど気持がいいので、目を閉じると、たちまちにして低い天井や、くすぶった壁を忘れてしまって、この世のものとも思えないような匂いを放つすいかずら[#「すいかずら」に傍点]が一杯にからんだ東屋《あずまや》にいるような心地がしたことでしょう。
 ボーシス婆さんは、何も知らない年寄でしたが、いろいろこうしたことが起っているのは、どうも何にしても、ただごとではないと思わずにはいられませんでした。そこで、お客様達にパンと蜂蜜とをすすめ、めいめいの皿に葡萄を一房ずつおいてから、フィリーモンの傍に坐って、彼女の見たことを、小声で彼に話しました。
『お前さん、こんなことって、今までに聞いたことがあるかい?』彼女は尋ねました。
『いや、まるでないね、』フィリーモンは、にっこり笑って答えました。『そして、お前、わしはどうもお前が、夢みたいな気持になって、ふらふらしていたんだと思うんだがね。もしもわしが牛乳をついでいたら、その辺のことはすぐに見抜いてしまっていただろうに。どうかして、お前が思ったよりもいくらか沢山、壺の中に牛乳が残っていたんだろうよ――ただそれだけのことさ。』
『ああ、うちの人、』とボーシスは言いました、『お前さんが、何と言おうと、この方々《かたがた》は、どうして、普通の人じゃないよ。』
『まあ、まあ、』とフィリーモンは、まだ笑いながら答えました、『多分そうだろう。あの人達はたしかに、もとは相当にやっていたらしい様子が見える。わしはあの人達が、こんなにおいしそうに夕飯を食べているのを見ると、嬉しい気がするよ。』
 お客様達は今度は、めいめい自分の皿の上の葡萄を取りました。ボーシスは(もっとよく見るために、自分の目をこすってみたのですが)葡萄の房が何だか大きく、立派になって、一つ一つの葡萄のたまも、もう少しで熟した汁ではち切れそうになっているように思いました。小屋の壁に這っている、古い、いじけたあの葡萄の木に、どうしてこんな実がなったか、それが彼女には全く分らない気がしました。
『大変うまい葡萄だな、これは!』クイックシルヴァは、一つ一つむしってたべながらそう言いましたが、一向|房《ふさ》は小さくもならないようでした。『一体、おじいさん、これはどこからもいで来たんです?』
『う
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