とつかまえていらっしゃい!』彼女はほほ笑みながら叫んで、その注意を一層よく頭に入れさせるために指を上げて見せました。『どんなことが起っても、びっくりしちゃいけませんよ。ただ彼をしっかりと、つかまえていらっしゃい、そうすれば彼はあなたの知りたいことを教えてくれるでしょう。』
ハーキュリーズは重ねて彼女に礼を言って、旅をつづけました。一方娘達の方は、また楽しい花環つくりの仕事をやり出しました。彼等はハーキュリーズが行ってしまった後も、長い間彼の噂をしました。
『あの方が百の頭をもった竜を退治て、三つの金の林檎を持ってここへ帰っていらしったら、あたし達の一番美しい花環をかぶらせて上げましょうよ、』と彼等は言いました。
その間に、ハーキュリーズは、丘や谷を越え、淋しい森を抜けて、どんどん旅をつづけました。時々彼は棍棒を高く振り上げて、樫の大木を一打ちでたち割ってしまいました。巨人や怪物と闘《たたか》うことが彼の一生の仕事だけに、心は彼等のことで一杯だから、おそらく大きな木までが巨人や怪物のように見えたのでしょう。そして、ハーキュリーズは彼の引受けたことをやりとげようと、大変はりきっていたので、あの娘達を相手に、無用の冒険談などをして、大変暇をつぶしたことを後悔するような気持にさえなりました。しかし、大きな仕事を仕遂げるように生れついた人は、必ずそうした気持になるものです。彼等が既にやってしまったことは、実につまらなく思えてくるのです。そして、これからやろうとすることが、骨折りと、危険と、そして命にさえも値するような気がするのです。
ちょうどその森を通り合せた人は、彼が大きな棍棒で木を打っているのを見て、びっくりしたにちがいありません。ただ一打ちでもって、幹は雷にうたれたように裂け、大きくひろがった枝は、ざわざわと音を立てて、崩れるように落ちて来ました。
彼は少しも立止ったり、あとをふりかえったりしないで、どんどん先を急ぐうちに、やがて遠くから海鳴《うみなり》の音が聞えて来ました。それを聞くと、彼は更に足を早めて、まもなく、とある海岸へ出ました。そこには、大きな磯波が、真白な泡の長い線を引いたように、堅い砂の上に打上げていました。しかし、その海岸の一方の端には、ちょっとした灌木林が崖を這い上るように生えていて、その岩になった表面を、やわらかく、美しく見せている気持のい
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