ませんでした。
『でも、それがどうしてここへ来たか位なことは言えるでしょう、』と彼女は言いました。
『ちょうど君が来る前に、大変にこにこした、利口そうな人が、それを戸口の傍に置いて行ったんだ、』とエピミーシウスは答えました、『それを置きながら、その人は何だか笑い出したくてたまらないといったような風だったぜ。その人はおかしな外套を着て、半分|羽毛《はね》で出来たような帽子をかぶってね、だからその帽子にはまるで翼が生えているように見えたよ。』
『その人はどんな杖を持っていて?』とパンドーラは尋ねました。
『ああ、とてもおかしな、見たこともないような杖だったねえ!』とエピミーシウスは叫びました。『二匹の蛇が杖に巻きついたようになっていて、その蛇があんまり本物みたいに彫《ほ》ってあるんで、僕はちょっと見た時、生きているのかと思ったよ。』
『あたしその人を知ってるわ、』とパンドーラは、考え込んだように言いました。『ほかにそんな杖を持ってる人はないんですもの。それはクイックシルヴァだわ。箱だけじゃなしに、あたしをここへ連れて来たのもその人よ。きっと彼はその箱をあたしにくれるつもりなのよ。そして多分、その中には、あたしの着る着物か、あんたとあたしとが持って遊ぶ玩具か、それとも二人でたべる何か大変おいしいものかがはいっているんだわ!』
『そうかも知れない、』エピミーシウスは横を向いて答えました。『しかし、クイックシルヴァが帰って来て、あけてもいいと言うまでは、僕達どちらにも、この箱の蓋をあける権利はないんだ。』
『なんて煮え切らない子だろう!』エピミーシウスが家を出て行く時、パンドーラはそうつぶやきました。『もう少し勇気があればいいのに!』
 パンドーラが来てから、エピミーシウスが彼女を誘わないで出て行ったのは、これが初めてでした。彼は一人で無花果《いちじゅく》や葡萄をもぐか、それともパンドーラ以外の誰かと一しょに、何か面白い遊びをしようと思って出たのでした。彼はその箱のことを聞くのが、すっかりいやになってしまって、その使いに来た人の名は、クイックシルヴァだか何だか知らないが、その箱をパンドーラの目につかないような、誰かほかの子供の家の戸口に置いて行ってくれればよかったのにと心《しん》から思いました。パンドーラがその一つ事を、くどくどしく言っている根気のよさと来たら! 箱、箱、ただ
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