缺いてだらだらしているが、その癖妙に力の籠つたところがあつて、割合に大まかな味はひを持つて居るのであつた。自分はそれらの小説を讀んで上手《うま》いとも下手《まづ》いとも決める事が出來なかつた。
「是非批評して下さい。」
と膝を進ませる相手に對して、
「面白いには面白いけれど、隨分文字や假名づかひは亂暴だね。」
などと當らず觸らずの事を云ふより他に爲方がなかつた。
「字なんかどないだつて構やせん。」
少年は自信のある口をきいて、飽迄も字づかひなどは念頭に浮べず、間違ひだらけの儘で押し通した。
書上げると直ぐに持つて來て見せる小説を讀んでゐるうちに、自分は面白い發見をした。それは彼の作品の何れにも必ず或エロテイツクな場面の出て來る事である。學校教員の生活を描いても、會社員の生活を描いても、何かしら性慾の壓迫から起る事件を結び付けなくては承知しなかつた。「蒲團」を愛讀し、谷崎氏の作品を愛好する理由が、初めて自分にも解つた氣がした。
氣が附いて見ると、彼は曾て一度も、エロテイツクな場面を持たない小説をほめた事が無い。少くとも所謂無戀愛小説は讀む氣にもならないらしい。「海上日記」以來まるつきり戀愛小説に縁の遠くなつた自分の如きは、面とむかつて攻撃された。
「先生の物は昔の方がよろしいな。」
とも云ひ、
「何かもつと濃厚な物を書いたらどうですか。」
とも云つた。
少し邪推してみると、彼は屡々中學の文藝愛好家にみる如く、所謂文士の生活を、遊蕩と必然の關係のあるものとして憧憬してゐる傾向があつた。その文士の集まつてゐる東京では、年が年中寄合ひがあつて、賑かな生活をして居るものと推測してゐるらしかつた。恰も大阪の不良少年が、あの大阪式の言語道斷に俗惡な酒場《バア》で、毎晩々々給仕女を張つてゐるやうな生活をさへ、彼は藝術家の特權か何かと考へてゐるらしかつた。わざわざ變な服裝をするのも藝術家の一資格かと思ひ違へてゐるらしかつた。
從つて、物堅い家に育つた若者の服裝をして、酒場に入浸るよりも下宿に閉ぢ籠つて居る日の方が多いかくいふ先生の如きは、最初彼にとつて幻滅の感を抱かせたに違ひない。
自分は又しても大人の臆病心に襲はれて、機會さへあれば眞面目な顏付をして訓戒めいたことを口にした。若し彼の推測するやうに、文士といふものが酒と女にばかりかかりあつてゐたら、時間と精力を消
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