せんや。」
と一人で眉をあげて罵倒したが、
「まづ山の手のものでございませうなあ。」
と云ひ得て嬉しいと云つた顏付で立ち去つた。
自分はふだんならば、こんな月並な江戸がりは嫌ひなんだが、その時は味方を得たやうな氣がして一緒に痛快がつた。それは確かに弱者の聲であらう。吠えられて逃げてゆく犬の悲しい叫びであらう。後から群つて追ひ迫る野良犬の一匹々々別々ならば怖ろしくもないのだが、密集してゐる力の塊にはなみなみのものではかなはない。素早く横町に姿をかくす育のいい犬の聲にちがひない。
さうだ。文壇も劇壇も、たとへ根柢の無い勢力ではあらうけれど、ほしいままに跋扈してゐるのは向不見の強味を持つ徒輩《ともがら》である。一人々々數へると、田圃の稻子《いなご》に過ぎないけれど、密集して來る時の力は怖ろしい。しかし自分は吠えながら逃げる犬を學ぶのはよさう。噛み殺される迄鬪つてみよう。構ふもんか、こつちも少しは向不見でやつつけろ、と思つた時、自分は既に大なる群衆の前に石つぶてを浴びてゐる心持がして額に血の上るのを感じた。(大正七年九月廿四日)
[#地から1字上げ]――「三田文學」大正七年十月號・十一月號
底本:「水上瀧太郎全集 九卷」岩波書店
1940(昭和15)年12月15日発行
入力:柳田節
校正:門田裕志
2005年1月17日作成
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