貝殼追放
愚者の鼻息
水上瀧太郎
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)繙《ひもと》いて
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)名|告《の》つた
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#ここから2字下げ]
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
(例)つく/″\
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人をつかまへて親切めかして忠告するのは、人をつかまへて無責任に罵倒するのと同じ位いい氣持なものである。
これは自分の座右の銘では無い。大正七年二月深川區猿江町吉村忠雄と封筒には署名し、半紙七枚に鐵筆で細かく書いた「水上瀧太郎君に與ふ」といふ文章に次郎生と名|告《の》つた人から難詰状を受取つた時に、ふと自分の腦裡に浮んだ安價なる詭辯である。
吉村忠雄氏事次郎生、若しくは次郎生事吉村忠雄氏、或はもつと正確にいへば吉村忠雄及び次郎生事某氏は、
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瀧太郎君足下
余は君とは昵近の間柄のものである。否獨り君のみとは言はず君の一族同胞には格別なる近親の者である――君の生立や兩親や乃至は平常生活から家庭に於ける起居皆一々手に取る如く知り拔いて居るものゝ一人である。
ではあるが君が文學に趣味を持つて居る、文才に長けて居るといふ事を他人から聞き傳へたり紙上で見たりしたのは比較的後の事に屬するのである。
それは何故かといふに君が筆を執る際は必ず姓名共に別名を用ひて居ること、も一つは余が餘りに君とは近親であるから平常君が文學書など繙《ひもと》いて居るのを知つて居ても、所謂文士仲間に左《と》や右《か》う言はれる程では勿論ないし、猶又何に彼《あ》の子供が――といふ觀念が先入主となつて居た事とが、余の君の文才を知ることの後《おく》れた主たる原因であると申したい。
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と書出して、扨てその人は自分が「所謂文士の仲間入りをして居る」事を知り、
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彼の子供が何《ど》んな事を書くだらうとか、どんな文藝上の手腕をもつて居るだらうとか、或は題材は何んなものを捉へるだらうとか、それはそれは余の君に對する期待は蓋し豫想外に大きなものであつたのである。
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と稱してゐる。而して御苦勞樣にも「多忙な身ではあるが、三田文學に
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