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第六の問。今後も創作を發表しますか。
第六の答。氣が向けばするでせうが、兎に角自分なんか駄目です。以前書いたものなんか考へても冷汗です。
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傍から梶原氏が、あれは既に作者自身が葬つたものであると、自分の小説集「心づくし」の序文を引いて説明してくれた。
右の如く簡短な質問に對する簡短な返答で苦痛の五分が過ぎた時、自分は後には何も氣がかりな事の殘つてゐない爽快な心持で姉や知人の群に歸つた。梶原氏は、自分の新聞記者に對する應對が意外に練れてゐると云つて稱讚し、これを海外留學の賜《たまもの》とする口吻をもらした。君はなかなかうまいなあ、と云つて彼は自分の肩を叩き、自分も、うまいだらう、と云つて笑つた。
船の人々に別れを告げ、上陸してからは先づ湯にでも入《はい》つて、ゆつくり食事でもしたらよからうといふ人々の意見に任せて、神戸の町の山手の或料理屋につれて行かれた。姉夫婦は今夜大阪まで、梶原氏は京都まで同行しようと云つてくれた。
事毎に新鮮な印象を受ける久々の故郷は、自分を若々しくした。姉は自分をつくづく見て、何時《いつ》迄たつても小僧々々してゐると云つて笑つた。
樂しい食事の後で、自分は姉夫婦と話しながら夕方迄その家に寢轉んでゐた。新聞記者の事なんか全然《すつかり》忘れてゐた。
三宮驛から、夕暮汽車に乘る時に、何氣なく大阪毎日新聞の夕刊を買つた。その二面に麗々《れい/\》と自分の寫眞が出てゐて「文學か保險か」と大きな標題《みだし》の横に「三田派の青年文士水上瀧太郎氏歸る」と小標題《こみだし》を振つて、十七字詰三十八行の記事が出てゐた。その中に書いてある事は自分が想像もしなかつた意外千萬なもので、殊に自分を驚かしたのは文中所謂青年文士の談話として、自分が廢嫡されるかどうかといふ問題を自《みづから》論じてゐる事であつた。
今此處にその長々しい出たらめの新聞記事を掲げて、一々指摘してもいゝけれど、第一の問題たる廢嫡云々が、自分の如き我家の四男に生れたものにとつて、如何《どう》して起るかと反問する丈でも充分その記事の根據の無い事を證明する事が出來ると思ふ。自分には尚二人の兄が現存して居る。その中の一人は既に分家して一家の主人になつてゐるけれど、當然我家を相續すべき長兄を差措いて、どうして自分が廢嫡される資格があらう。自分はこれを廢
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