だ。一遍見せてからでなくちや話がまづいからね。」
「それは困つた。そんな話ぢやないんぢやないか。」
「君の方があんまり急なんだ。君の方で出来たと云ふことが確になつてから、三四日は置いて貰ふつもりでゐたんだ。掛引上大変に損得があるんだからねえ。こんどの借主どもに対する方策としてもだ、さうせかれちや実際困らあね。」
彼はかう云つて軽く笑つた。親しい友人に対するある情味が閃かぬでもなかつた。
白川は仕方がないと思つた。
「ぢや、奥田さんに来て貰はう。金主の代人の人も一緒に来たんだから、少し待つて居てもらつて、現場を見て来ようぢやないか。」
かうして三人が自動車を※[#「にんべん+就」、第3水準1−14−40]《やと》つて近い郊外へまで行つて、工事施行の場所を一巡して会社へ帰つたのがもう四時を余程過ぎた頃であつた。白川は奥田の進まぬらしい顔付を見て、多少の不安を思つて居た。
それからの二日間は松村の手都合の為に白川は空待《からまち》をした。日歩は払ふと金主に約束して金主をも待たすことにした。此間に松村は借方即ち工事経営者を呼び寄せて担保や報酬の交渉をした。此方ももとより異論なくきまつた。ただ残つた問題は奥田の裏書である。奥田の意嚮を確めもしないで白川や戸畑に松村が承諾の意思を洩らしたことが奥田の反感を招いたらしい。事業は屹度成功する、貸金には担保がある。戸畑に対する責任は手形の振出人たる信托会社と裏書人たる松村個人とがある。奥田に迷惑をかけることは決してない。僅か五万ばかりの金で、この松村がどうなるものか。彼れ松村はかくの如く思つて、奥田の裏書の責任を軽視した。一言云へばすぐにも奥田は承知するであらうと高を括つて松村は、白川に調金を奔走させて居た。金は出来た、借手の方もきめた、いざとなると奥田の態度がはつきりしない。どこまでも厭だと云ひ切りもしないが快く裏書をしさうな様子もない。
松村は給仕に支配人の桑野を呼びにやつた後で、ちよつきのかくしから用箋に書いた書付を取出して、一通り読みかへして見た。書斎の机の上で、今朝出掛に有合せの赤いんきで書いた覚書である。と人の来た気勢《けはひ》がしたので彼は首をあげて入口を見やつた。桑野が来たのである。それに、も一人桑野のあとからはひつて来たものは白川弁護士であつた。松村は白川の顔を見るとふつと「いやだ」と云ふ気が注した。
彼と白川とが明治法律学校で学んだのは十年以前のことである。卒業後白川は弁護士を開業し、彼は松村家へ養子となり、養家の財産を資本にして二三の事業を経営した。相互信托株式会社も其一つである、二人は当初親しく往来して彼の事業の創始の際などは、白川はかなり立入つた相談にも与つたのである。追々彼の実業界に於ける声望が高くなり、交際範囲が広くなるにつれ、彼は多忙の身となつた。会同交歓するにも大方彼の事業に利害の関係ある人々と一緒であつた。二人の間の親しみは疎くすると云ふ考もなしに疎くなつた。精神的に心の合つたと云ふでも無し、趣味も性格も余り似通つて居ない、養家の資産を土台にして今多少の羽振がいいからつて利害の友の外に旧歓を思はない様な心意気が白川には面白くなかつた。用事がなければ行く、さもなければ忙しい彼に忙しい時間を割かす程の必要もないと思つて、多少の嫉妬と僻《ひが》みとを交へた感じで白川は疎々しくなることを望ましい事とは思はぬながら足は彼の門から遠ざかつた。あんなにいきばつ[#「いきばつ」に傍点]て居るが、一つ蹉躓が来れば利害の友はみんな背く。いつそそんな時がくれば面白からう。どんなに孤独を感じ、どんなに寂寥を覚えるだらう。その落目の場合に、俺は行く。行つて初めて俺の至誠を彼に滲み透らさせて見せる。白川はこんな残虐を想望することすらあつた。この様な仕向けが白川の処世の上に不利益であり、又松村の為にも残念なことであると云つて、白川の幼な友達で松村の腹心の使用人となつてる桑野は屡々白川と云合つた。初め桑野を松村へ近付かせたのも白川なのである。
「貴方はなぜ大将に近づいてくれないんです。結局の処は……。」桑野は溢れるやうな熱心を以て畳を叩くやうな手付をして云ふのである。
「結局の処は、損がないぢやありませんか。」
「それはさうさ。」白川は仕方なしにかう云ふものの、反感を抑へることは出来なかつた。
「けれどもねえ、いやだからねえ。おちやまいす[#「おちやまいす」に傍点]たれるやうに思はれるのも、いやだからねえ。松村君はえらくなつちまつて、俺なんぞ眼中に無いんだ。」
「さう思ふからいけない。学校時代の友達で一番親しくしてゐるのは貴方でせう。貴方が訪問したとき、いつだつて大将が悪い顔をしたことがありますか。そりや大将も悪い。本統に死身になつてくれる人を見つけようと云ふ気が無いんだから。し
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