れはここんとこを言うんだ。」それから彼はひとりごとのようにつぶやくのであった。「大丸の親爺め、どうせ今年きりでこの鰊場投げ出さずばなんめえものを、わずかばしのものケチケチしやがって思いきりのわりい奴だてば。」
源吉はその言葉をききとがめた。
「投げ出すって?大丸、もうかってるんでねえのか。」
それには答えないでかえって山本の方から尋ねた。
「おめえ、沼田村だって言ったな。大山って地主知ってるべ。」
「ああ俺んとこの隣村の地所ア、まるっきり大山のもんだ。」
「この鰊場ア、あの大山のものになるべってことよ。」
「ええ?」
「おめえ、鰊場の仕込にゃア、いったいどのくれえの金かかるか知ってっか。」
そこで山本は源吉に詳しい説明をしてきかせた。彼は大丸と大山との関係をつぶさに知っていたのである。而して彼の説明によれば、この小樽切っての海産問屋、大丸の債権者大山は、同時に又後志地方の大地主でもあったのである。
「だからよ。」と山本はいった。「大きい奴はみんなそうしてどんどん太って行ぐんだ、世のなかの仕組みがちゃんとそういうふうにできているんだ。」
「この話だけでもよっくわかるべ。」と彼はまたつづけて言った。「世の中のこたア、ちょっと見るとバラバラのように見えることも、みんなたがいにつながりを持っているんだ。俺たちア大丸のおやじに搾られてるばかしでなく、大山のおやじにも搾られてるんだど。つまり二重にしぼられてるんだ。そのうえ、もしもおめえが、村で大山の田圃を小作しているとでもして見ねえか。三重にも四重にも搾られてることになろうが。」
源吉は、なるほど、と思った。聞いているうちに今まで目を覆うていた鱗がぽろりと落ちて、目の前が急に明るくなって来たような気がした。今まで自分が住んでいた狭い世界から、急に広々とした世界に躍り出したような気がしてきた。それにしてもこいつはなんとよくものを知っている奴だろう。今までこうした事実をこういうふうに俺に話してくれた奴は村には一人だってありはしない……。
ふとそのとき源吉は、争議のそもそもの最初から胸に持っていた一つの疑問を山本に訊いてみる気になった。
「ちょっと訊きてえことがあるんだが。」
「なんだ?」
「どうしてこんだァ九一金と一緒に契約書の問題ば漁場主《おやじ》に持ち出さなかっただかね?」
「えれえぞ!」と山本は突然大きな声で言って
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