を吹っかけて見ようじゃねえか。いいか。そこでだ、かんじんなのはそのはなしのきまりがつき、俺たちが現ナマを握るまでは仕事を休むってこった。旦那に承諾だけさせていつも見てえに腮別《あごわか》れの前に金をもらう約束じゃ、その土壇場になって知らねえっていわれたってどうにもなるこってねえからな。……どうだ、みんなやるか。」
わっという喚声があがった。
「やるぞ!」
何人かが立上った。足踏みをし、「えれえぞ、大将」などというものもあった。わずか三十人ほどなのでまとまるのも早かった。やはり山本の発案で、旦那に逢って談じこむ交渉委員が世話役の名で六人えらばれた。山本はもちろんそのなかにはいった。仲間たちの歓声におくられて六人は時をうつさず旦那の家へ出かけて行った。ほかに五六人が浜べヘ向ってふっ飛んだ。鰊割きの出面《でめん》を牽制するためにである。
残った漁夫たちは大はしゃぎだった。長々と手足をのばして寝そべりながら宿舎に籠城した。「前祝いだ、菜ッ葉ばしでなく晩にゃ少しはうめえものもくわせろよ。」と炊事夫《なべ》に向って言ったりした。いち早くさわぎを聞きつけてかけつけて来た帳場は、うろうろして宿舎と旦那の家の間を行ったり来たりしていたが、やがてどこえか姿を消した。船頭はそのあいだじゅう、どっちへもつかれないといった顔つきでやはりうろうろしているばかりであった。
六
漁場主である大丸の旦那は、奥まった部屋の床の間を脊にして、畳二枚をうずめるようなひぐまの皮の敷物の上にどっかと坐っていた。血肥りにふとった真赤なまる顔の、禿げあがった額からこめかみにかけて太い癇癪筋が芋虫のようにぴくぴくと動き、火鉢にかざした手はアルコオル中毒のためとのみはいえない痙攣を見せていた。
「馬鹿野郎!」
彼はわれるような大声で大喝した。彼の目の前には畳一枚をへだてて帳場が頭をうなだれてかしこまっているのだ。
「どじ[#「どじ」に傍点]踏みやがって間抜けめ! それで漁場の監督だなんぞと大きな面《つら》アできるか。余計なことをとんでもねえ時に感づかれやがって、奴らがさわぐなアあたりめえじゃねえか。」
なんと口ぎたなくののしられても仕方がなかった。ふとした口のすべりから、今年は九一金を出すまいとのこっちの肚を漁夫たちに覚られてしまったということは、臍《ほぞ》を噛んでも及ばない不覚だ
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