の岡田の変り果てた姿かと思い、それまでじっと堪《こら》えながら凝視していたのがもう堪えがたくなって、窓から離れると寝台の上に横になり布団をかぶってなおもしばらくこらえていたが、やがてぼろぼろと涙がこぼれはじめ、太田はそのまま声を呑んで泣き出してしまったのである。
 数えがたいほどの幾多の悲惨事が今までに階級的政治犯人の身の上に起った。ある同志の入獄中に彼の同志であり愛する妻であった女が子供をすてて、どっちかといえばむしろ敵の階級に属する男と出奔し、そのためにその同志は手ひどい精神的打撃を受けてついに没落して行った事実を太田はその時まざまざと憶い出したのであったが、そうした苦しみも、あるいはまた、親や妻や子など愛する者との獄中での死別の苦しみも――その他一切のどんな苦しみも、岡田の場合に比べては取り立てて言うがほどのことはないのである。それらのほかのすべての場合には、「時」がやがてはその苦悩を柔らげてくれる。何年か先の出獄の時を思えば望みが生じ、心はその予想だけでも軽く躍《おど》るのである。――今の岡田の場合はそんなことではない、彼にあっては万事がもうすでに終っているのだ。そういう岡田は
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